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「やっぱりここに居たんだな。環。探したぜ」
わざと気障っぽく言う。そして、行成は一歩ずつ近づいていった。視界の中で、ユラリユラリと環の姿が揺れている。
「何? そんなに走っちゃって。……ていうか、どうして行成が居るの?」
その無邪気な言葉に呼び起こされるように、高校生時代の制服姿がその姿の上にオーバーラップする。
当時から大きく髪型は変わってないけれど、三〇代半ばを過ぎた環の外見は、やっぱり十分に大人で、骨ばった一〇代とは違っていた。
「忘れたのかよ。お前が入院しているから見舞いに来てやったんじゃないか。病院で大人しくしてないと駄目じゃないか」
「え〜、やだよ。窮屈だもん。退屈だし、身体もなまっちゃう。退院したら部活にも復帰しないといけないんだから」
三十代の外見からはおよそ不似合いな言葉。
でも、行成にはそれが不思議と自然に思えた。
それは行成の中で凍っていた二十年前の記憶。高校を卒業して、地元に置き去りにした思い出。そして東京の街で摩耗し、失ってしまったのは、きっと自分自身だった。
懐かしい姿へ向かって、一歩一歩、行成は前に進む。西川環は大橋の手摺に右手を掛けて、無邪気に、そして、悪戯っぽく笑っている。
二〇年前と何も変わらない彼女らしさで。
肉付きは良くなった。肌艶は昔ほど良くはないだろう。そりゃ、少しばかりの男性経験もあったんだろうし、きっと、この街で揉まれて、もともとややこしかった性格は、もっとひん曲がりもしただろう。
だけど、――だけど、それが何だって言うんだっ!
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