お嬢様の宿命

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お嬢様の宿命

わたしたちはずっと少女でいたかった。 世間の喧騒とは遠い、守られた学園で。 ずっと、ずっと、清らかなまま。 いつまでも、いつまでも可愛らしく。 学び、遊び、美しい物だけを愛でる。 永遠にこの学園にいられたらいいのに…。 そんな願いも虚しく、早い子は高校卒業までに許嫁が決まっていく。 遅い子でも、大学卒業までには然るべき相手を親が勝手に決めてくる。 大学から入ってくる外の人だけが、学園の名前をたすきのように掲げて、男の人を追いかけ回す。 わたしたちの先輩たちは、そんな外の人たちを親切に優しく迎え入れる。 でも、わたしたちは知っている。 先輩たちが三人集まれば、 「外の方って積極的なのね」 「私たちと違って自由ですもの」 「そんなに学園の名前がお好きなら、学園と結婚なさればいいのにね」 外の人がいないところでは、玉の輿狙いの外の人を嘲笑っている。 そんな選民意識の強い先輩達が、心から歓迎する例外的な外の人がいる。 それは、インカレサークルにも出入りせず、真面目に控え目に学内で過ごし、恋愛とは無縁、まるでこの学園のシスター達のように清らかに生きている人達だ。 先輩たちのコンプレックスを刺激しない。 恋愛を禁じられたお嬢様は、禁欲的な外の人には目をかける。 この例外的な外の人たちが受ける恩恵は計り知れない。 先輩たちの親御さんの覚えもめでたければ、ツテやコネを用意してもらえて、就職活動に有利。 接客や営業の仕事に就く外の人にとっては、先輩たちは未来の上顧客。 学園内でも、外の人扱いを受けずに、下から上がって来た先輩たちの輪に入れてもらえる。 表面的にではなく、世間の風を知っている頼れる腹心の友として。 めぼしい男を見つけることに躍起になっている外の人は、表面的にしか仲良くなれない。 この差が、学園内では本物のお嬢様とお嬢様もどきを分ける壁となる。 高等部に遊びに来たり、部活動のOGとして出入りする先輩たちから、わたしたちは、よく大学から入る外の人の愚痴を聞かせられる。 「大変ですね」 私は高等部に遊びに来た間藤先輩に言う。間藤先輩は、 「大学からは聖ルティシア学園も外部から広く学生を募集しているから仕方ないのよ。女子大は最近人気が落ちているから」 間藤先輩は肩をすくめる。わたしの親友の清奈が、 「ルティシアらしさが大学に行くと薄れるのは悲しいことですが、社会の風当たりを知らないまま、生徒達が大人になることを先生方は危惧しています。外の人はルティシアのブランド力が欲しい。わたしたち下から上がる者は世間を知れる。良いこともあります」 眼鏡をクイッと直して冷静に分析する。間藤先輩は深く頷き、 「その通り。清奈さんは多角的に物事を見られるのね。流石、戦後も没落せずに隆盛を誇る九重家のお血筋だわ」 清奈の頭の回転の良さを誉める。 清奈は謙遜して、 「そんな…。所詮末端華族の九重です。間藤家のような旧皇族のお家とは違い、実業で身を立てるしか道がなかったまでです」 間藤先輩は、 「旧皇族といってもね、間藤の家の懐事情は厳しいの。私も大学を卒業したら決められた方と結婚。実業の家の嫁になるのよ。お父様、お母様は未だに古い価値観を引きずっているみたいだけれど、実業の何がいけないのかしら?勤勉に働き、社会の役に立ち、富を得る。お父様なんて、実業は卑しい、卑しい家にしか嫁がせられない親の不甲斐なさを恨まないでおくれなんて言うのよ」 間藤先輩はとても進歩的な考え方だ。そもそも、間藤先輩にしろ清奈にしろ、戦後キリスト教系の聖ルティシア学園に子女を通わせる家は、比較的進歩的な考え方をしている。 そうやって、戦争で負けた相手、欧米に媚を売って家の生き残りをはかってきた。伝統を守るだけでは食べていけなくなった。華族制度がなくなり、臣籍降下した旧皇族や華族は慣れない平民生活を強いられた。 そこで上手く立ち回れた家とそうでない家とでは、雲泥の差がある。聖ルティシアのような学費が高い学校に子どもを通わせられる家もあれば、世の流れから取り残されて没落した家もある。 間藤家は上手く立ち回れた方だが、それでも旧皇族としての面目を保つのがやっとの懐事情。21世紀になっても尚、旧皇族というブランドを使って、娘を資産家の家に嫁がせる代わりに婚家から多額の援助を引き出す。 旧皇族ブランドが欲しい実業の家と、金銭面でのバックアップが欲しい旧皇族。両家の思惑が一致して、子どもの意思などお構い無しに許嫁が決められる。 柳原白蓮が九州の炭鉱王に嫁いだ頃と変わらないようなことが、まだ当然のように行われている。 わたしたちは、下からの輪に入れない、自由恋愛を謳歌する外の人を浅ましいと罵ってみるものの、心の底では羨ましく思っている。 家というものに縛られて、許嫁と結婚する他に道はない。 上品に、可憐に、優雅にと育てられてきた。 それは全て、良い縁談をまとめるため。 わたしたちはずっと少女でいたいと願い続けている。 この学園に下から入ってくる人たちは、みんなそうだろう。 どんなに上辺を取り繕っても、わたしたちは、より良い身請け先を探す、置屋の芸者と本質的には変わらない。 より良い家と縁を繋ぐために、親は習い事をさせ、言葉遣い、所作などを厳しく躾する。 芸者が三味線や謡を習い、礼儀作法を躾られるのと何が違うというのか。 名家とは名ばかり。 わたしたちは店に出される前の芸者。 ずっと少女のままでいたいと思っても許されず、泣く泣く売られていく。 生活レベルを落としたくなければ、決められた結婚に応じるしかない。 いつか、誰かがこんな嫌な世界から救い出してくれないかしら? 永遠にやってこない白馬に乗った王子様を待ち続けている。
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