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俺は、会社の先輩の立花さんが好きだった。自覚したのは、仕事熱心で清廉潔白で、女になんか縁がないと思っていた立花さんが、バツイチだと知ってから。
まだ誰も踏み入っていない新雪のように滑らかな肌。しっとりと濡れた唇。身長はそんなに変わらないのに、女性と見紛う華奢な造作。男しか居ない職場で身近にそんなひとが居たら、惚れるとまではいかなくても、何となく意識してしまうのは必然で。
自分のことをあまり話さない立花さんが呑み会の席で、実は五歳の息子が居ると、まるで俺にだけ打ち明けるように小声で囁いたのが、決め手だった。かといって俺はゲイじゃない。息子が居る以上、立花さんもゲイじゃないだろうし。
憧れか、勘違いか、はたまた気の迷いか。たっぷり三ヶ月悩んだけれど、悶々と想いは募るばかりだった。季節はクリスマス。え~い、誘うしかない! そう決めて、いつもはボサボサの髪をワックスで念入りに整えて、帰り支度をしている立花さんに声をかけた。
「立花さん」
「ん?」
「あ、あの……」
言い淀む俺に、小首を傾げる。はっ……犯罪的に、可愛い! こんな可愛い三十路は許されるのか!? 静かに荒ぶる俺を知らずに、立花さんは微笑んだ。
「お、横尾。何だか今日は、きちっとしてるな。デートか?」
いいえ。貴方に、デートを申し込もうとしてるんです。心の中で呟いて、意味もなくヘラヘラ笑いながら思い切った。
「立花さん。実は……クリスマスイヴに、限定メニューの出るカフェがあるんですが。でも俺いま、彼女居ないし。もし、もし良かったらなんですが、お子さんも連れてこれから一緒にどうですか?」
「え?」
「あ、いえ、すみません。駄目ですよね。イヴなんて大切な日、家族水入らずで……」
息継ぎも出来ずに早口に自分を責める俺の言葉を、立花さんがさえぎった。
「良いのか?」
「へ」
「イヴは確かに大切な日だ。一年に一回のそんな特別な日を、俺とちびの為に使って貰って良いのか?」
「い……良いんです!」
妙に力んでしまう俺を見上げて、立花さんは小さく噴き出した。
「ふふ……物好きな奴だな。これから保育園のお迎え行って、ケーキとチキンを買って帰る予定しかなかったから、ちびも喜ぶと思う」
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