"映え"るEVE

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 立花家は、一階の2LDKだった。カーテンを閉める前のベランダからはチラと、狭いながらも庭が見えた。子どもは、喜ぶだろうな。コートを脱いで共に壁にかけたあと、立花さんはビールの五百ミリ缶をふたつ持ってきて、ソファの前のローテーブルに置いた。 「ぱぱ、こうちゃんのはー?」 「お前はこれ」  いつものことなのか、小さな牛乳パックにストローを刺してやる。 「乾杯しよう」 「はい」 「かんぱーい!」  幸一くんが勢いよく牛乳を高く掲げて、俺たちは顔を見合わせて笑ってしまった。いい雰囲気だ。ビールに口を付けながら、未来図を妄想する。こうやって、少しずつ親しくなって。休日には幸一くんも一緒に、遊園地とか行って。満を持して、告白……! 「今日はありがとうな、横尾」 「こちらこそ、図々しく上がり込んじゃってすみません」 「その……実は、離婚の時、ゴタゴタしてな。ちょっと人間不信になって、この家に引っ越してから一年半、誰も家に上げてなかったんだ。幸一の友だちも」 「おにいちゃん、こっち来てー!」  俺たちは目を合わせて、また笑った。 「だから、幸一も凄く喜んでる。本当に、ありがとう。ちょっと付き合ってやってくれ」 「とんでもないです。俺も子どもは好きなんで。じゃ、失礼しますね」  俺はビール缶を置いて、ミニカーを床の上に綺麗に並べている、幸一くんの元に行った。 「凄いな。これ、全部幸一くんの?」 「うん! 見て見て」 「お、カッコいいな。消防車だ」  しばし、無心で遊ぶ幸一くんを見守る。そして、思い出した。プレゼントがあったことを。 「ちょっと待ってて」  俺はバックパックの中から紙包みを出して、幸一くんに渡した。 「はい、幸一くん。メリークリスマス」  ソファでビールを呑んでいた立花さんが、声を上げる。 「お、横尾。プレゼントまで、悪いな」 「あ」  俺は、ふと思い立って立花さんに囁いた。 「サンタさんから預かったとか、言った方が良いですかね?」 「いや。元嫁が、超の付くリアリストでな。もうサンタクロースは信じていない」 「そう……ですか」  俺はやや愕然として呟く。俺は小学校中学年くらいまで、信じていた気がする。子どもの夢より現実を取る女性とは、外から見ただけじゃ口は出せないけど、確かに上手くやっていける自信がなかった。 「幸一、ちゃんとお礼言うんだぞ」 「うん。お兄ちゃん、ありがとう!」  小綺麗な紙包みを、幸一くんはまだ上手に開けられずに、ビリビリと破って開いた。 「わー。しばだ!」  幸一くんが、柴犬を飼いたいと言っているという話を呑み会の席で聞いたから、柴犬柄のハンカチ。おもちゃにしようかなと考えたが、男の子に柴犬のぬいぐるみはどうかなと思って、当たり障りのないものにした。 「良かったな、幸一。写真撮って良いか?」 「うん! ぱぱ、インスタに上げて~」  写真を撮って、まだ不慣れなインスタと立花さんが格闘している間に、幸一くんが俺の腕を引っ張った。 「ん? 何?」 「あのね。ままは、しばがすきなんだ。ぼくとしばとどっちをとるかっていわれて、ぼくをおいてしばをつれていったんだ。だから、しばをかったらままがもどってくるかもしれない」  悲しみの感情すらなく、淡々と耳打ちする幸一くんに、俺の方が胸が痛くなってしまう。子どもが好きなのは、嘘じゃない。 「でもね」  言葉は続く。 「おにいちゃんがあたらしいままになってくれるんなら、ぼくいいこにするよ。たんじょうびプレゼントも、クリスマスプレゼントも、ぼく『まま』っていったんだ」  だから、クリスマスプレゼントがないのか。ん……て言うか、まま? 俺が、まま? 目を白黒させて、考える。まず馬を射られたのは幸いだけど、何だか語弊があるような気がする。
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