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秋になった。
夏以来のこの場所は、すっかり様変わりしていた。以前は緑だけだった木々たちは、赤や黄色に色づき今から入る僕たちを歓迎しているようだった。素直に美しいと思う。
「……」
想像していなかった風景に2人ともだんまりしてしまった。
「ようやく来たのか」
建物の方から道夫がやって来た。夏と変わらない、気がついたらそこにいた。
サングラス姿は前と変わらない。服装だってこの前と全く一緒だった。
「おい、やっぱり……」
言いかけた孝を制して
「縁側行こうか」
僕は道夫を誘った。
縁側から見える木々はすっかり紅葉していて、そよそよと運んでくる風が気持ちいい。
道夫は腰かけて口笛を吹く。と、鳥がぱたぱたと飛んできた。
ほらな、と言わんばかりに手に乗せて僕たちに見せてくる。
「なんて鳥?」
「ヤマガラ」
黒い帽子をかぶったような鳥は、腹に紅葉の色をたたえていた。オレンジが紅葉と重なって秋を体現したような鳥だと思った。
「宿題はうまく行った?」
「ああ、おかげさまで」
「それはよかった」
それから道夫は急に黙りこむ。涼しい風が吹き、確実に秋に季節は近づいている。
何を話せばいいのかわからなかった。孝がとなりで僕の肘をつつく。お前が行こうと言ったんだから、言い出せよと言わんばかりだ。
孝のことは話をしなくてもよくわかるのに、どうして道夫のことはわからないんだろう。
どうしてサングラスをしているの――?
目が見えていないの――?
道夫はお化けなの――??
聞きたいことはたくさんあるのに一向に言葉にはならない。
道夫はそんな僕の顔を黙って見つめたあと、
「……君たちの顔が見えたらどんなにいいかって、何回も考えたよ」
のんびりと空を見上げた道夫につられて、僕も視線をあげる。吸い込まれそうな秋晴れの空は雲がゆっくりと流れていて、緩やかな空間が広がっていた。きっと昔の人はここの穏やかな時間が好きで、この縁側に座ってぼんやりと時を送っていたのだろうな、そんなことを考えた。
聞きたいことの答えはその言葉全てにつまっていた。
道夫は僕のことをよくわかっていた。
僕は頷いてまた、紅葉を見る。孝もそんな様子に納得したのか、視線を庭へ移した。
しばらく黙ったままでいるとふわりと柔らかい風が吹いた。
風がやんだとき隣にいたはずの道夫は、忽然と姿を消していた。
それでも僕はずっとずっと遠くまで広がる秋の空を眺めた。きっとこの場所からこの庭と空を眺めて、昔の人は季節を感じていたにちがいない。そして道夫もまた、僕らとは違う目でここを楽しんでいた。
そっと、目を閉じてみる。視界は暗くなり、耳に届くのは鳥の鳴き声と木の葉がかさかさと重なる音。再び目を開けたあとも空は変わらずに僕らを吸い込まんとしていた。
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