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警笛が鳴り、始発の電車が通り過ぎた。
時がまた流れ始めた。
「…どうして、…ここに?」
やっとのことで、弱々しく私は尋ねた。
私を抱きしめているこの男は、当然、元婚約者じゃない。
彼は職場の後輩。
プロジェクトも一緒に手掛けていたから、数少ない心を許せる男ではあったのだけれど。
私を見つけ駆け付けた彼は肩で息をし、少し汗ばんでいた。
ちょっと体を離し、顔を上げた男の瞳は憂いを帯びてはいたが、安堵の表情を浮かべた。
童顔で人の好さがにじみ出ている彼の顔をこんな間近でじっと見たのは初めてだったから、私から目をそらした。
優しく包み込んだその腕を離すことなく口を開いた。
「弱みに付け込みたくはないんです。けど…。」
言葉を切った後、息せき切って話し出した。
「もしもこのままあなたが職場に戻って来なかったら…
きっとオレは耐えられない。
居ても立っても居られなくて。
仕事を早々に切り上げて、こっちに来ちゃいました。
あなたが誰を想い、何にどうして傷ついているのは痛いほどわかっています。
…あなたの事、最初からずっと見ていたから。
あなたが…あなたの笑顔が戻ってくれさえすれば。
オレの為じゃなくて、会社の為でも、同僚達の為でもいい。
あなた自身のためでもいい。
只の後輩でいいから…また一緒に働けるのなら…それで充分だから…。
ちゃんと職場に帰ってきて欲しい。」
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