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「また来たの」
ドアを開けて、玄関の外に立つ男に向けての第一声。
深夜十二時を過ぎた時刻の訪問者に冷たい視線を投げつけた。
「その顔見ると日本に帰って来たーって気がするなぁ」
目の前の男はしかめっ面にも全く怯まず、満面の笑顔で呑気に私の頬を両手で覆って中央に寄せる。
ひょっとこのようになった私の顔を、まるで可愛い子猫を愛でるような視線で見るからこそばゆい気持ちになってしまう。
いやいやなごんでいる場合ではないと自分を叱咤して「やめて」とその手を振り払って彼から一歩距離を取る。
こっちの都合なんてお構いなしに、男は図々しく「ただいまぁ」と言って私の部屋に上がっていく。
「あんたの部屋じゃないから」
「俺にとってはここが日本の故郷なの」
勝手な事をと、男に見せつけるようにため息を吐いても、内心迷惑がっていないのはきっと気づかれているだろう。
「ご飯は?」
「食べたい!」
「私の夕飯の残りしかない」
「佐穂のご飯ならなんでも好き」
冷蔵庫から明日のお弁当のおかずにしようと取っておいた夕食のおかずの肉じゃがと朝ご飯用のお味噌汁を取り出す。
それらを火にかけてから、もう一品くらい何か作ってやろうかと野菜室を開けた。
「先シャワー浴びておいで」
「着替え取っていい?」
「衣装ケースの一番下」
分かっているだろうけれど一応教えた。
「ありがと」
まるで数日前ぶりかのようなやり取りだけれど、私達はこれが七カ月ぶりの再会だ。
私達の関係はとても曖昧。
友達、同級生、元カレ。どれにも当てはまるけれど、今の私達にぴったりと当てはまる言葉はない。
こうして部屋に来てご飯を食べてシャワーを浴び、着替えも置いてあるけれど私達の関係は何とも言えず曖昧だった。
呑気なようで意外に優秀なこの男は外資のITメーカーに就職し現在NYで勤務している。
そして帰国の度にこうして連絡もせずに私の部屋にやってくる。
必ず泊まっていくけれど、何もしない。ただ眠るだけ。
を繰り返してもうすぐ三年。
彼がどういうつもりでこの部屋にやってくるのか私にはよく分からない。
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