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朝、いつも通りの時間に起きて身支度を整えた私は、いつも通りの時間に家を出る。
「じゃあね、ばいばい」
きっと私が帰る頃には彼は家を出ているだろうと思い、「ばいばい」と言った。彼とこの部屋で別れる時、私はいつもこの言葉を使う。
「うん、また。行ってくるね」
そして彼もいつも「行ってくるね」と言う。
だけど私はいつも必ず行って来ますと言って出て行く彼に「いってらっしゃい」を返したことはない。
まるで自分の所に帰って来てほしいと、言っているように聞こえそうだから。
じっと目の前の顔を見ていると彼はどうした?と不思議そうに首を傾ける。
なんでもないと首を横に振って、もう一度顔を見てから部屋を出た。
次いつ会えるか分からない姿を目に焼き付けて。
*
昼休み、スマホでメールを確認した私は肩を落としてため息を吐いた。
また駄目か・・・。
届いた「不採用」のメール。
これで通算三十通は超えたはずだ。
・・・もう諦めろって事かな。
彼が帰ってきたタイミングで届いたこの無慈悲な定型メールに、私と彼の道はもう繋がらないのだと突き付けられた気持ちになった。
彼と出会ったのは高校三年生の時。
志望大学が同じだった事でたまに話をするようになった。
その頃から外見も中身ものほほんとしていて、どこか掴みどころがなく、ふわふわした人だった。
優しくて友達も多いけれど、誰に対しても何に対しても執着する事がなく、あっさりしている印象だった。
その印象は付き合ってからも変わらない。
大切にしていたお気に入りのマフラーに友達がコーヒーを盛大に零してしまった時も、どうにかして汚れを落とそうともせずに「仕方ないね」とそのまま捨ててしまった。
欲しがっていた限定品のスニーカーも、最後の一つを買おうとしている人とかち合ってしまえば「どうぞ」とすぐに譲った。
当時付き合っていた彼女に他に好きな人が出来たと言われた時でさえも「そっか、分かった」とあっさり別れていた。
私達が付き合ったきっかけも、サークルの飲み会で「お前ら付き合ってみたら」という友人の軽口に「付き合ってみる?」と軽く聞かれて「いいけど」と軽く答えて始まった交際だった。
実はずっと好きだったとか、ちょっといいなって思っていたわけでもない。
ただなんとなく身近にいて、付き合っている人も好きな人もいなくて、付き合ってみるのもいいかなって思っただけ。
彼の方もそうだろう。
こんなに好きになるなんて思わなかった。
意地っ張りな私の一番の理解者になってくれて、素直にものを言えない私の代弁者になってくれて、いつも私の強がりをすぐに見抜いてくれた。
離れて気がついた。
一緒にいるとこんなに楽になれて、離れるとこんなに苦しくなる人は他にいない。
だから傍にいられる方法を探していた。
さすがにNYについて行くなんてできないけれど、せめて東京で仕事を見つけられたら、いずれ日本に帰ってくるだろう彼の帰りを待ち続けられると思った。
だけど必死にやってきた転職活動は箸にも棒にもかからない。
上手くいかない転職活動は、そのまま二人の現状のように思えた。
もういい加減、こんな曖昧な関係は終わらせないといけないのかもしれない。
大きく息を吐いて、八つ当たり気味にスマホを鞄の奥へと押し込んだ。
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