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「さて,ネフィ.貴女にもだいぶ話したわね」
安楽椅子に揺られながらラージェは言った.外には既に雪がどっさりと積もっていた.ネフィはコップで手を温めながら頷く.
「ええ,お母さん.でもどうしたの急に改まって」
そういうネフィに少し咳き込みながらラージェは背筋を正す.うっすらと察したギィはネフィに悟られないように狐の身ではあるが姿勢を正す.
「ええ,そろそろだと思ってね」
良くわからずに首を傾げるネフィにラージェは少し悲しそうに微笑んだ.
「今日の話は長引いてしまうわ」
ただ,ネフィは頷くしかなかった.
「魔法について話しましょう.そうね,ネフィ.では魔法っていうのはなにかしら」
当たり前のようにネフィは黙ってしまう.横ではギィが静かに耳を立てていた.
「方法よ.ええ方法なの.純粋な」
良く呑み込めずネフィは首を傾げてる.
「たとえばね,ネフィ.貴女が灯りがほしいならどうするかしら」
「ええっと,火をつけるものを探すかしら」
それを聞いてラージェはゆっくりと頷いた.
「では,何もない真っ暗な所では」
ネフィが黙っているとラージェは人差し指を立てた.するとそこにほのかな灯りが灯った.
「そう,これが魔法なのよ」
そう言うとラージェはふっと吹いてまるでロウソクを消すように消してしまった.
「まあ,ロウソクとマッチさえあればこんなの必要ないわね」
そう言ってラージェは悪戯ぽく笑った.
「魔女は色々な事の方法を編み出してきたの.ええ空を飛んだり,火をつけたりね.そしてその中でも有名な集まりがあったわ.ええあなたもきっと知っているはずよ.金を生み出そうとした人達の事を」
「錬金術師?」
「ええそうよ.私もその一人だったわ」
ギィはそれを聞いてひそかに驚いた.ラージェが錬金術の一派だとは知らなかったのだ.
「じゃあ,お母さんは金を創れるの」
興味本位のネフィの質問にラージェは苦笑する.
「ネフィ.少し待ってね.錬金術,それは痴人の夢と言われていたの」
「痴人の夢?」
「ええ,できもしないことに挑戦する奴らってね.でもネフィ?だれができないって決めたのかしら」
少しずつラージェの語気が強まってくる.
「いい,魔女はね,できないことをするの.矛盾しているように思うかしら」
「ええ,お母さん」
「では,さっきの灯りはどうかしら.貴女にはできなくても私にはできたわ」
そう言われるとネフィは困ってしまう.
「そう,できるように,何とかできるように,と必死に編み出された方法が魔法なの.ええ,初めは奇跡だったのかもしれないわ,偶然だったのかもしれない.当然,誰もができる方法ではないわ.でも確かにそうやって脈々と受け継がれてきたの」
そこで一つラージェは息を着く.喉が痛むのか少し咳をした後,またゆっくりと話し始めた.
「でね,もう一つできないことをできる方法があるのよ.それが科学よ.ただ,科学は誰にでもできるの.ええ遠くの鳥を打ち落とすのに魔法なんていらないわ.銃で撃てばいいのよ.遠くに移動するのに,箒を使う必要なんてないわ,汽車に乗ればいいのよ.そう,魔法はただ科学の先を歩んでいるにすぎないの」
だが,ネフィには疑問が湧いてくる.
「でも,お母さん.お母さんみたいに何年も生きている人はいないわ,それにギィみたいにしゃべる狐もいない」
「ええ,今はね.ただ,いずれ魔法は科学に追いつかれるのよ」
そういってラージェは溜息をはいてしまう.
「ええ,それはわかっていたのよ.でもだからこそ,科学には到底できない事を望んだのよ.私はそれをできるといったの」
「物は小さな粒からなっている.ええ水も鉄も全てが.そしてそれはすべて不変のもの.そう言われてきたの.ごめんなさい,少し難しいかしら」
ネフィはコクコクと頷く.ラージェは苦笑したが話を続ける.
「すこし我慢してね.でもね,私は知ったのよ.「あやまりに」ね.その小さな粒はさらに小さな粒からなるの」
そこで大きくため息をラージェはついた.もはやネフィにはなんの事かわからなかったが,なにか,とてつもないことを聞いているのではないかと背中に冷たい汗を感じた.
「それはできるのか.人の力で,魔法で,壊せるのか」
「「然り」それが私の答えだったのよ.素晴らしいと思わない?物を最小の粒にまで分解することができたら,私は,魔法は,進歩すると思ったのよ」
上気した頬でそう言ったラージェは見るからに異常であった.少しの間,肩で息をしていたかと思うと,ガックリと肩を落としネフィの方をみつめた.
「そしてその結果がこれよ.木も石も水もみなこうなった」
そう言ってラージェは手にしていた小さなコップを優しくつつみこんだ.すると,それはネフィの前で見る見るうちに消えていった.小さな粒になって,それがさらに小さな粒になってそしてさらに・・・
ネフィはゾッとした.なにが起きているかなんてわからなかった.ただただ恐ろしかった.そしてなぜかラージェが次に何を言うのか想像がついてしまった.だが,ラージェはそれを口にする.
「ええ,私は成功したの.ええ成功してしまったの.ただそれは魔女の家の中ではなく,私の手の中でもなかったわ.橋が,家が,そして人も.すべてがこうなったの.ええ子供も大人も,ある日みんなこうなってしまったの」
思わず吐きそうになり口を押えてしまう,ネフィにラージェは悲しそうに口にした.
「そしてこれは今も私の体内で起きているの」
衝撃的な言葉にネフィは目を見開いてしまう.
「どういうことなの,お母さん」
「私はもうすぐ死ぬわ」
ネフィは頭を金槌で殴られた気がした.
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