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思いもよらない質問にレナートは思わず紅茶で咽てしまう.そんなレナートを見た少女はさらに身を強張らせてしまう.
「いや,すまない.別に魔女だからって気にすることはないさ.今まで通りにしなよ」
そう言うと少女は早口かつ小声で祈りを捧げはじめる.レナートは口についた紅茶を拭きながらそれを見ていたが,祈りが終わると少女に問いかけた.
「彼女が教えてくれたのかい?祈りを」
「ええ,母と一緒に教会にいった時に」
それを聞くとレナートはなんとも言えない顔になってしまう.記憶の中の彼女は祈りや教会とは程遠い存在であったからだ.だが心配そうに見つめてくる少女にレナートは手を軽く鳴らした.
「ではご飯を頂こうか.まあ,たいしたものではないけどね」
食事は静かに進んだ.何度か少女はレナートの様子を伺っているようではあったが声が発せられることはなかった.そして食事が終わると再びレナートは少女へと向き直った.
「まず名前を教えてもらってもいいかい」
「ネフィ=カレンです,あ・・」
「どうかしたのかい」
「その,母はアルザードと言いなさいと,ネフィ=アルザードと」
アルザード,アルザード,その名前を口にしながらレナートは何度か頷いた.
「それでは一体,彼女はなんと名乗っていたんだい」
「母ですか?ラメエル=カレンです」
そう言われてレナートは首を振ってゆっくりと口を開いた.
「本当の名前はね,ラージェって言うんだ.ラージェ=アルザード.私の従妹弟子だったんだ」
そう言われるとネフィはなぞるように何度かその名前を言う.
「しっくりこないかい」
「ええ,少し.初めて聞いたので」
「そうか,で君はなぜここに」
そう言うとネフィは一つ息を吐いた.
「弟子にして頂きたく参りました」
それには即答せずにレナートは質問を続ける.
「君は彼女から何か教わったのかい」
「いえ,何も」
「うん?そそうなのかい」
そう言うとネフィは申し訳なさそうに縮こまった.
「いや,別に責めるわけじゃないんだ」
「その,母にいきなりここに行きなさいと.貴女には使えるはずだと」
レナートはそれを聞くと何かを考え始めたが,ふとネフィの前で指を鳴らした.パチンという音と共に,小さな白い狐がネフィの目の前に現れる.
「きゃっ」
小さい悲鳴を上げたネフィはその狐を見つめる.
「ギィって言うんだ,その子」
そう言われるとギィと言われた狐は少女に向かって口を開いた.
「俺,ギィって言うんだ.よろしくな」
いきなりしゃべった狐に驚きつつも,可愛らしい姿に,ネフィは恐々とギィに手を伸ばした.実はネフィは小動物が好きであった.
その様子を見ていたレナートは理解した.ネフィが今まで一切教わってきていないことを.
「本当に初めてなんだね」
ネフィは片手でギィを撫でながらレナートに向き直った.
「確認だけど,魔法について何も聞かされてないんだね」
「はい,ただ母にペンダントを渡され,あなたの弟子にしてもらいなさいと言われたのです」
「うーん,どうしたものかな」
頭を悩ませながら封筒を確認していると,ペンダントの下に何か別の紙が入っているのが見えた.
「これは?」
紙を見せるが,彼女も首を傾げる.どうやら知らないようだ.ネフィに知らせていない理由があるのだろうと判断すると,断りを入れてその紙を持って書斎へと向かった.
一人キッチンに残されたネフィはギィを撫でている.
「おい,お前.弟子になりに来たんだってな」
「ええ,でも何も知らないの私」
そう言うと呆れた様子でギィはネフィに向き直る.
「なんだお前,主人を知らねえのか.あの人は魔法使いなんだぞ」
そう言われてもどう返すべきかネフィが困っているとギィは首を横に振った.
「さてはお前わかってないな.魔法使いって言うのは選別された者たちの称号なんだぜ」
「ではレナート様も?」
「ああ.主人は座に位置するれっきとした魔法使いさ」
胸をそらしてギィはそう言った.
「あの,座っていうのは」
「ああ,座って言うのはだな,魔法使いの集まりさ.と言うよりも本来,座に位置しないと魔法使いとは言わないんだ」
「どういうこと」
「あー,最近は魔法使いって名乗っているのも多いが,元々は座にいるものに対しての尊称が魔法使いだったのさ.それ以外は魔女って言うことが多かったんだぜ」
「あら,男性の方はどうなの」
「男性も魔女って言うね.だからたとえばトムとかでも魔女トムとか呼ばれたりするんだぜ」
ギィの話にネフィは相槌を打ちながら頭で整理していく.そんなネフィにふさふさの胸を張ってギィは威張る.
「では魔女ネフィ.主人のすごさは理解できたか」
まだわからない事ばかりだったが,ネフィは一応頷いた.それを見て満足したギィはさらに自慢を続けていく.
「だからだな,主人には山ほど弟子の申し込みの手紙が届いているんだ.見てみろよあのゴミ箱.あれ全部がそれだぜ」
小さい頭をしゃくって指したほうをネフィは見た.確かに,そこには山ほどの手紙が積まれていた.それを確認するとネフィは溜息を着いてしまう.一気に落ち込んでしまったネフィの顔をあわててギィは覗き込んでくる.
「どうかしたのか」
心配そうに覗きこんでくるギィの頭を両手で撫でながらネフィは口を開いく.
「いえ,それじゃ私なんて無理ね.だって何も知らないのよ」
「あー,それは気にしなくてもいいんじゃないかな」
先ほどまでとは打って変わって歯切れの悪い様子のギィをネフィは見下ろす.ギィはネフィの手から離れると前足で頭を掻きながら言う.
「あのな,魔法使いの弟子になるっていうのはだな,そう言った問題ではないんだ.その・・」
そこまで言うと目の前のギィが摘まみ上げられた.驚いてネフィは見上げるといつの間にか部屋から出てきていたレナートが渋い顔をして立っていた.
「ギィ,余計なことは言わなくていいぞ」
摘ままれたギィは四本の足をジタバタさせる.
「ああ,ネフィ.こいつの相手をしてくれて助かったよ.面倒をかけなかったかい」
ネフィは慌てて首を振る.
「いいえ,それどころか色々教えてもらいました」
それを聞いたギィは声を張り上げた.
「聞いただろ?主人.俺は何もしてないって」
ようやくレナートから降ろされたギィは床が恋しいのかひっくり返って,地面に体をなすりつけている.それを横目にレナートはネフィに向き直った.
「ネフィ.手紙は彼女からの物だったよ」
そう言って椅子に座りレナートは大きく息を吐く.ネフィは緊張して次の言葉を待つが沈黙が続いた.仕方がなくネフィの方から切り出した.
「その,弟子にして頂けるのでしょうか」
「ああ,そうかその話だったね」
何か別の事を考えていたのかレナートは思い出したかのように手を打った.
「まあ,保留と言うことにしておこう.それよりも君は一度,彼女のもとへ戻るべきだ」
そう言われてネフィは首を傾げる.先ほどのギィの話から察するに門前払いをくらわなかっただけでも喜ぶべきなのだが,なぜ戻るべきなのかわからない.だが,レナートは封筒を差しだしてきた.
「まあ,聞きたいこともたくさんあると思う.だがとりあえずこの封筒を持って彼女に渡してくれないか.その長旅で疲れているとは思うんだが」
下手に断ってしまうといけないと思いネフィは頷くしかなかった.それを見るとどこか安心したような様子でレナートは息を吐いた.
「ああ,明日朝一の汽車で港へ向かうといい.長旅になるから今日はゆっくりと休んだらいい」
レナートはそう言うとネフィを空いている部屋へと連れていく.ネフィも聞きたいことはまだあったが,実際長旅で疲れていたこともあり,直ぐに寝てしまった.
ネフィが寝てしまった後,レナートは再びギィを呼び出した.
「どうかしたのか,主人」
「お前,彼女に付いて行ってやってくれ」
そう言うとギィは少し首を傾げた.
「なんだ,保留なんじゃないのか」
「いや,俺はネフィを弟子にするつもりさ.あとは,あの子しだいって所だな」
「ふーん.で俺は何をすればいい」
「ネフィに旅の間,少しこちらの事を教えてやってくれ」
それを聞くとギィは胸を張って肯いた.
「ああ,しかし今からいう事は言わないでくれよ」
そう言うとレナートはギィに耳打ちをした.ギィは了解したと言うふうに頷く.それを確認したレナートはコートを纏う.
「なんだ,出かけるのか」
「少し用事があってな.そうだ彼女にサンドウィッチでも作って持って行ってやってくれないか」
「了解したぜ.久々に腕が鳴るぜ」
そう言うとギィは小さい腕を組み合わせた.そんな彼の頭を軽く一撫でするとレナートは帽子をかぶり外へと歩いて行った.
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