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4
ギィを連れての船旅は行きよりもずいぶんと愉快なものとなった.ギィはネフィの知らないことを次から次へと教えてくれたし,何よりも面白い話が多かった.つられて笑ってしまい,周りの人から訝しげな顔で睨まれてしまったこともあった.
その日は晴れていたのでデッキの隅っこの人が少ないところにネフィはいた.横では気持ちよさそうにギィが日向ぼっこをしていた.
「ねえ,ギィ.魔法は教えてくれないの」
ふとそう思ったネフィは口にするとギィはウンウンと悩み込んでしまった.
「あ,無理な話ならいいの.少し気になっただけだから」
ギィは小さい手をブンブンと振る.その可愛らしさにネフィは思わず頬が緩んだ.
「いや,無理な話じゃないんだ.だが,やっぱり俺が教えるのは・・」
「そうね,まだ弟子にしてもらえると決まったわけではないし・・」
ネフィが顔を曇らせるとギィの手の振る速度は早まる.
「いや,それとは違うんだ.ただ俺なんかよりも」
「魔法使いの方がいい」
「ああ,何事も最初が肝心だからな.どうしても気になるなら魔女ラージェにでも聞いたらいいんじゃないか」
すぐにはラージェが誰の事かわからずネフィはポカンとしてしまう.だが先日のレナートとの会話で聞き覚えのあるその名前を思い出し,怪訝な顔になってしまう.
「私の母を知っているの」
「いいや,まあ話を聞いたぐらいだな」
つい先日の会話で一番おどろき,そして深く聞きたかったことをネフィは問いかける.
「私の母は魔法使いだったの」
だが,ギィは首を振って歯切れが悪そうであった.
「いいや彼女は魔法使いではなかったはずだ.俺が生まれるよりも前の話だし深くは知らないけどな.それでも優秀な魔女だったはずだぜ」
「でも,そんな事聞いたことないわ,私」
ネフィの記憶に残る彼女はラージェと言う名前ではなく,少し病気がちで優しい母であった.
問い詰めるネフィに,ギィは申し訳なさそうに,短い前足で頭を掻いてしまう.
「すまないがこれ以上は俺からは言わないほうがいいと思う.ただ少なくとも俺が生まれるよりも前には名前の馳せた魔女であったはずだぜ」
「あなたが生まれたのってどれくらい前なの」
「ああ,俺か?俺はまだ100歳ぐらいだぜ」
予想外の答えにネフィは目を丸くして,ギィを持ち上げてしまう.
「嘘でしょ,じゃあお母さんは一体何歳になるのよ」
「わ,わ,ちょっと降ろしてくれよ.それに声を荒げるとさすがにまずいぜ」
そう言われてネフィは慌ててギィを床に降ろしながらあたりを見渡す.幸い近くに人はいなかったが,遠くの方で船乗りが怪訝な顔をしていた.思わず赤面し,船乗りから目線を外し小声でギィに謝る.
「ごめんなさい.でも本当にお母さんの話なの」
「ああ,おそらくだけどラージェは400歳はこえているはずだ」
なんとも言えない顔で黙ってしまうネフィにギィは続けた.
「信じられないだろうが,魔女っていうのは長生きなもんさ.そのくせほとんど不老なんだぜ」
「レナートさんもそうなの」
「ああ.主人も400歳はこえてるな」
それを聞いてネフィは溜息を着きながら遠い昔の記憶を思い出す.自分の誕生日を母が祝ってくれた日を.
「ネフィ,10歳の誕生日おめでとう」
「有難うお母さん.ねえ,そう言えばお母さんは何歳なの」
そう聞くと母は悪戯っぽく微笑んでいった.
「ネフィよりもずっとおおきいのよ」
「えー,じゃあ40歳」
「もっとよ」
「じゃあ50」
「いいえもっとよ」
「60」
「うーん,まだまだよ」
「うっそだー.それじゃ魔女だよ.だって,おばあさんになっちゃうじゃない」
からかわれたと思って口を尖らしたネフィの頭を母や優しく撫でてくれた.
今更ながらにあれが本当の事だったのだとネフィは思い,何とも言えない気持ちになってしまう.
「ネフィ,信じられないか」
「いいえ.でも私,お母さんの事何も知らないのね」
「まあ,魔女って言うのは秘密が多い物さ」
したり顔でうんうんと頷くギィが少しおかしくネフィは微笑んでしまう.
「じゃあ年老いた魔女って言うのは絵本の中の話なのね」
「まあ,そうなるんだが・・.一応年老いた魔女っていうのもいるぜ」
「あら,そうなの」
ギィは一つ間を取ってゴホンと咳をした.
「なあさっき不老の術の話をしただろ?あれにも限界があるんだ.たいていの魔法使いはその限界に達する前に別の限界がくる」
「じゃあ年老いた魔法使いって・・」
「ああ,余りにも強すぎて不老の術の限界を迎えてもなお生き続ける奴らさ.魔法使いが老いるとはそう言うことさ」
それとほぼ同時刻.
「ハックション」
レナートの横で老婆が大きくクシャミをした.慌ててレナートが腰をさすった.
「師よ,風邪ですか」
「ふん,あたしゃ風邪なんかひかんよ.噂話をしておる奴がいるんじゃよ」
不機嫌そうに鼻をすすりながら迷信を言う老婆にレナートは困った顔をしてしまう.
「ふん,信じておらんな?まあいい.あたしにゃ,わかるんだよ」
そういって老婆は再び歩き出してしまった.
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