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人が行き交う街の中,不思議と人の少ない喫茶店,店内ではレコードがゆっくりと回っている.そんな中,二人の男がテーブルについていた.黒髪の男がレナート,すこしくせのある金髪の男はキジルと言う.二人の見た目の年齢は精々30手前なのにも関わらず,机には杖が立てかけられていた.それも古い大きな杖が二つ.  「なあ,キジル.俺も弟子をとることするよ」  「お前がか?本当か」 大きな声でそう言われてレナートは肩をすくめる.キジルは周りを見渡し,声を潜める.  「本気なんだな」  「ああ,そろそろだろうと思ってな」 レナートの目を見てキジルは深く息を吐いた.  「そうか.あわよくばお前の席を俺の二人の弟子のどちらかに譲ってもらえないかと思ってたんだがな」 明らかに冗談とわかる口調で言ったキジルにレナートは苦笑してしまう.  「弟子が優秀なのも困り物だな」 レナートの言葉をキジルは鼻で笑った.  「馬鹿言え.あいつらが優秀なものか.俺が弟子だったころの方が・・」  「『時代』だよ,キジル.あの子たちは良くやっているさ」 そう言われてキジルはフンッと鼻を鳴らし,残っていた紅茶を口にした.   「でも,そうか.お前が弟子をとるのか」  「ああ,そろそろだと思うんだ.これも『時代』だよ」 時代という言葉にキジルは溜息を着いて窓の外を眺めた.そこではすでにガス灯が灯り始めていた.  「そうか,寂しくなるな」  「なに,まだしばらくはこちらにいることになるさ」 そう言ってレナートも自分の紅茶を口にした.  レナートは片づけはまめにする方だ.そんな彼の郵便受けに山ほどの封筒が入っていた.これで三日目だ.余りの多さに,悪戯でもされたのかと配達員に心配されたときには乾いた笑いしか出なかった.  「こういった時にばかり連絡をよこしやがる」 そう毒づきながらもすべてを抱きかかえ机に運び,一つ一つ確認をしていく.  事の始まりはレナートが弟子をとることが知れ渡ったことであった.キジル以外にはごく僅かにしか漏らしていなかったはずだ.それでも瞬く間にそのことは広まった.少しは覚悟をしていたが,こうもあからさまだとレナートも参ってくる.  ほとんどの手紙は弟子の推薦状であった.相手の名前を見て軽く30分は思い出すのにかかりそうな相手からの物ですら沢山来ていた.「ご機嫌麗しゅうお過ごしでございますか」やら「貴殿の高名を聞き及び・・」など古臭く代わり映えのしない文章にレナートも頭を抱えたくなる.たまに違う手紙があると思えば茶会への招待などであった.つまりの所,弟子に紹介したいものがいるのであろう.返事を出さないわけにはいかなかったのでほとんどすべての手紙にこちらも決まり文句を書いていく.  「それにしてもいつか自動で手紙を書いてくれる時代にはならないかな」 そう現実逃避をするレナートであった. 何枚かの気になる手紙を残し,ほぼすべての手紙に返事をし終えたころには既に太陽が高く昇っていた.遅くなってしまった朝食を用意していると玄関の呼び鈴がなった.  (まさか,直接来たのではあるまいな) そういやな予感がしながらも仕方がなくドアへと向かう.恐る恐るドアを開けると以外にもそこにはまだ少女と言ってもいい歳の女性がポツンッと立っていた.  すこし面食らったレナートに少女は言った.  「レナート=グスタフ様のお宅でしょうか」  「ええ,そうですが.どうかなされました」 そう言われると少女はゴソゴソと鞄を漁り,封筒を取り出し渡した.封筒を見たレナートは渋い顔になりそうなのを必死にこらえたが,予想外に重い封筒に中を確認する.中には古びたペンダントが入っていた.そしてそのペンダントに見覚えがあることに気がつく.  「あれ,このペンダントは」  「母のです.これを持っていきなさいと」 まじまじとレナートは少女を見つめたかと思うと,いきなりプッと吹き出してしまう.何が面白いのか玄関で笑い出したレナートに少女はたじろいでしまう.  「いや,すまない.まさか彼女に子供がいたなんて」  「あの・・」  「中にどうぞ.それから話は聞くよ」 そう言うとレナートは丁寧に少女を部屋へと招き入れた.  ペンダントの持ち主はレナートの記憶の中では綺麗だが気の強い女性であった.確かに少女とにた癖のない赤毛の女性だった.少女とは違い髪の毛は短かったしが.一般に髪の毛は女性の命とされる時代に彼女は長い髪の毛など邪魔だと鼻で笑っていたことをレナートは覚えている.仲は良かったが何度も言い争いをしたことがあった.そして最後には決別してしまった.  「そう言えば私はまだ朝ご飯を食べていないんだ.君も何か食べるかい」 そう言うが少女は慌てて首を振った.確かに顔はどことなく彼女の面影があるがこういった所で遠慮するのは似てないな,と思いつつ自分の朝ご飯を用意する.ベーコンの焼ける匂いがしたのだろうか少女のお腹が鳴る音がした.顔を真っ赤にした少女はうつむいてしまう.それがレナートをたまらなく懐かしい気持ちにさせた.  「ああ,そういえば彼女も良くお腹を鳴らしていたよ.やっぱり君の分も用意するよ」 そう言うと少女は申し訳なさそうに頷いた.  二人の前に紅茶とベーコンエッグが並び,少女は祈りを捧げようとして止まってしまう.そしてレナートに尋ねる.  「あの,祈りを捧げるのは変でしょうか」  「どうしてだい」 紅茶を飲みながら,レナートが首を傾げると少女はこわごわ答える.  「その,魔女になるのに祈りだなんて」  
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