吐息

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 その行為が正しいものか、罪深いものなのか。  そんなこと、私にはわからない。  ……いや、考えたくなかった。  旦那がいるのに――子どもがいるのに――帰るべき場所が、家族が――  お互い、あるのに  ただ、友達であるだけだったのに  お互い旦那や妻公認で、友達で。  会って、遊んで、笑って、お酒を飲んで。  それでおしまい。必ず、あっさり「バイバイ」と手を振り別れる。  ――そんな、関係だったのに  今、私の肩には彼の頭があって、重みがあって。熱い息が首筋にかかって、私は身体を強張らせていた。  腰に回った異様に体温の高い腕を意識してしまって、やり場のない手が腰元で浮ついた。  ――その、広い背に、回してしまいそうになった  けれどそれをしてしまえば、もう本当に戻れない関係になるから、私は彼を触らないようにぎゅっと拳を握った。  「……あかんかな」  私の肩の上で囁かれた言葉と熱い息に、私は乾いた笑みを零す。  わかっているくせに、その答えを私に求める貴方はずるい。  仕掛けてきたのは貴方の癖に、言葉を先に私に言わせることで同罪にしようとするそのずるさに、やっぱり貴方は賢い人だと思い知らされる。  ――でもね  私は、そんな貴方より100倍賢い。  だから、絶対に正しい答えだけを口にした。 「ダメに決まってんでしょ、ばーか」  そう言って、そっと彼の胸元を両手で押した。  絶対に、顔は見てやらなかった。  そのまま背を向けて「さー、帰ろ帰ろ。またねー」と手をひらひらと振る。  どんな表情をしているのか見たい気持ちはあったよ。  悲し気な表情か、諦めた表情か、苦笑交じりの表情か――  でも、振り向かない。  わかっているから。  振り向いたら、貴方の望む言葉を言ってしまいそうになると。  そう、私もズルイ。    明確な言葉をわざと口にしないのだから。  「またね」ていうまた会える可能性を残した言葉を貴方に向けるんだから。  危ないから二度と会わなきゃいいのに、私は危なげでも会うことを選ぶ。  お互いずるくて賢いから、こういう関係でいいでしょう?  どうせ、今更どうにもできないって、お互いわかってるんだから。  ……だけど  今日、1日は。  肩に残る温もりと重みを。  あの、一瞬だけ心が燃えた瞬間を。  ――宝物に、していいかな? fin
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