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第一節 小料理屋<有田亭> その2
神蔵は地下の飲み屋街かなと思い、そのまま細い路地を歩きだしたが、すぐに道は左に直角に曲がっていた。
さらに、そこを過ぎると路地の両側は、古い日本家屋だけでなく、その軒下が細長いミニ日本庭園となっており、様々な背の低い庭木、あるいは、時々軒下まで届くほどの背の高い木が植えられていた。
やがて道は袋小路となり、その右手に小料理屋<有田亭>と墨で書かれた小さな白木の看板が掛かっている店があることに神蔵は気がついた。
小料理屋<有田亭>の格子の入ったガラス引き戸の右横の地面には、大きめなまな板程度の大きさの平らな石が置いてあり、その真ん中が楕円形に削り取られて小さな水溜まりができていた。
その小さな水溜まりの左上隅の岸辺に、花緑青色に塗られた有田焼の可愛らしい蛙の置物がちょこんと置かれていたのである。
置物の蛙はわずかに口を開き、何か物欲しげに、その目だけが神蔵を見上げていた。
(ずいぶんと、まぁ、可愛らしい置物だな)
なぜか、彼は一目でその蛙の置物が気に入ってしまったが、、、気を取り直して、店のガラス引き戸を開けた。
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」
神蔵は少し声を張り上げて聞いてみた。
数秒待ったが、何も返事は無かった。
「すみませーん。ちょっとお聞きしたいんですがー?」
再度の問いかけの後に、やはり数秒待ったが返事は無かった。
引き戸の内側は小さな土間で、渋いこげ茶色の会計用カウンターがあり、その右手は店の中に通じているようで、古びたテーブル席と、その奥には小上がりの通路、そして個室の障子戸の部屋がチラリと見えた。
(うーん、、、誰もいないのかな?...ずいぶんと不用心だな...)
神蔵はそう思いつつもシーンと静まり返っている店先でさらに十数秒待ったが、何の話声も音も聞こえないので、仕方なく店の外に出てガラス引き戸を閉めたときであった。
『連れてって!』
「えっ!?」
神蔵はすぐ近くで女の声がしたのでびっくりしてきょろきょろと辺りを見回し、もう一度<有田亭>のガラス戸を引いて、
「誰かいるんですかー?」
と、問いかけ、数秒待ったが、やはり返事は無く、店の中はシーンと静まり返っていた。
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