第一節 小料理屋<有田亭> その3

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第一節 小料理屋<有田亭> その3

 皇子駅から徒歩10分、鉄筋のアパートの一室、そこが神蔵の自宅である。  彼の実家は彩玉県の鍬ケ(くわがや)にあったが、さすがに実家から会社に通うのは遠いので、大学を卒業して就職すると同時に帝京都内で独り暮らしを始めたのであるが...今住んでいるアパートは都内で三軒目の引っ越し先である。 「フゥーッ」  家に帰ると、また少し酔いが回ってきたような感じとなったが、スーツのスラックスのポケットから家の鍵を取り出し玄関のドアを開けた。  彼は室内に入ると、いつもの習慣で暗闇にも係らずピンポイントで照明のスイッチを探り当て、キッチンの明かりを点けた。  部屋は1DKで、やや広めのダイニングキッチンと、その奥に八畳の部屋があった。  彼は八畳の部屋の入口で明かりを点け、入口横にあるコートハンガーにスーツの上着を掛けようと、上着を脱ぎかかったのだが___ 「あれ? なんかポケットに...入っている?」  上着の右ポケットに手を突っ込み、中のものを取り出してみると___なんと___花緑青(はなろくしょう)色の有田焼の蛙の置物ではないか! 「えっ!?」 (あ、あれは夢じゃなかったんだ!?...でも、俺が皇子駅で降りたときに乗っていた列車は下り方向で、紅羽岩河駅はその3駅先だったよな...?)  彼は急いで腕時計を見た__時計の針は、午後11時35分を指していた。 (??...これは、一体...どういうことだ??)  訳がわからなくなった神蔵であったが、とりあえず、その蛙の置物を24型の液晶テレビが乗っている台の左上に静かに置いた。  彼はスーツのスラックスも脱ぎ、ネクタイを外すと、そのままダイニングキッチンの対面にある洗面所に入り、Yシャツや下着を脱衣籠に脱ぎ捨てると、バスルームのドアを開いて中に入っていった。
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