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――早く。
わたしがうっかり勘違いする前に、早く彼から離れなくっちゃ……。
けれど。
「――周囲に目を向けていないの、どっちだよ」
ふいに聞こえた、彼のぽつりと口にした言葉に、思わずわたしは、え?っと振り返った。
すると、普段の軽い姿からは想像できないような強い光を宿した瞳で、彼は、じっとわたしを見つめている。
それは、怒りにも似た、真剣なまなざしだった。
たちまちわたしの心臓は、ぎゅっと縮みあがるように締めつけられ、続けて早鐘のように鳴り響く。
――なによ、これ……。
「――俺だけを見ろ、じゃない」
「――え?」
「どうか、俺のほうを見て、俺の想いに気がついて……って、ずっと思っていた」
彼からの、告白のようなその言葉に、わたしは呼吸が止まった。
――どういうこと?
彼は、足早に向かってくると、混乱しているわたしの前にまわりこむ。そして、激しく叩きつけるように、壁へ片手の拳をついた。
その荒々しさに、わたしはびくりと身を縮こませる。
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