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小さいほころびから涙がにじむ。最初は針の穴程だったのに今は裂けて傷だらけだ。もう精一杯だろう。
まさか今日がこんな日になるとは思ってなかった。イヤ、嫌な予感はしていた。
ボーナスが出たから今日は着飾って食事にでも行こうと富士子はD i o rのスーツを着て来た。直樹はもうすぐ帰って来るはずだったから、いつものように合鍵で部屋に入った。玄関のドアを閉めて鍵をかけて靴を脱ごうと靴箱に手をかけると靴箱の上にレシートが置いてある。5年も付き合ってるのに、今までこんなことは一度もなかった。
(ファミレスでステーキを食べたんだ。2人分払ったんだ。直樹が払ったんだ。火曜日、火曜日は会えないって言ってた日だ。お金がない直樹にお金を払わせて平気な人と行ったんだ。)
直樹のお財布はいつも空っぽでそれさえも2人で笑い合った。直樹と一緒の時はいつも富士子が払った。それさえも恋だった。直樹は友達と食事に行った時に払ってもらう事はあっても直樹が払うなんて事は無い。
いつものように部屋はきちんと片付いている。いつもは閉めてあるはずの押入れが開いていてラッピングされた安っぽい酒器が一番手前に置いてある。
(ファンの人からもらったのかな?)
直樹はバンドをしてるからプレゼントも多かった。両親から酷い虐待を受けて育った富士子を直樹はダーリンと呼んでくれた。富士子は直樹に自分の過去を話した事は一度もなかった。死んでも口が裂けても言えない地獄の苦しみだった。富士子の父親に頼まれた知り合いの社長さんの会社の人達が直樹の身辺を調査してるのを直樹も富士子も気が付いた。捨てたばかりの直樹のゴミだけを作業服の男が持ち去ったそうだ。富士子の両親は若い2人をソッと見守ってはくれない。地獄の暗闇の中にいる富士子にとって直樹だけが光だった。
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