あの日無くした光

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背後の雨は裸の2人を青く深く染め上げていく。最後の手触りは富士子の心の痛みに深く潜っていく。 「今までありがとう。直樹幸せになってね。直樹元気でね。いつも応援してる。貴方はきっと成功するわ。」 裸でお腹の空いた2人はピザを頼んだ。そんな事も初めてでとても楽しかった。どうせなら笑っていたか った。 本当は泣いてすがりついて別れないでとわめきたかったけど富士子の心の鬼は決して許してはくれなかった。いつもブランドの服と高級なジュエリーで想いの丈を着飾っていた富士子は最後の最後まで直樹に綺麗な自分を見せたかった。 「富士子ゴメンね。富士子と一緒にいるとS exしたくてたまらなくなるんだ。今日はしないでデートしたいと思っていても会うと無理なんだよ。もう会わないしか出来ないんだよ。富士子は僕がいないでも幸せになれる。富士子は強いから。」 直樹は泣いた。富士子は涙を見せなかった。そんなの嫌だと言えなかった。 (直樹何言ってるの? 今直樹の口から出た言葉は普段から私が心から望んでいた事ではないのかな。) なぜ別れないといけないのか別れの理由がわからないまま部屋の中の富士子の荷物をかき集める。 (今まで何をしてたんだろう。今日は初めての事ばかりでとても楽しい。) 5年の間に随分と沢山の物を直樹の部屋の中に持ち込んでいた事に驚き、直樹が大学へ行ってる間に片付ける約束をして部屋を出た。 (今迄で一番分かり合えたような気がしたのに些細な拍子にこんな風に終わるなんて。) さっきまで交わっていた愛する人をもう2度と恋人と呼べない事に初めて気が付き、直樹の部屋を見上げる。さっきまで窓に映った貴方は梅雨の中へと溶けて消えていく。アスファルトに雨か叩きつけ車のライトや街の灯りが光り跳ね返る水滴が美しく悲しく、気がつくと立ち止まって眺めていた。火がついたように街が光って見えた。この世界の絶望がしぶきを上げて富士子に降り注ぐように感じた。 (もう触る事も出来ないんだ。 光輝いていた人が今まで恋人だった。) 歪んで傷だらけの富士子はフラフラと歩いた。身体が前かがみになり真っ直ぐにならない。自分の体重を取り戻すのには何ヶ月も時間がかかった。苦くて甘美で何も無かった5年の歳月を富士子は振り回して苦しんだ。直樹に咲いた執着が富士子を飲み込んだ。
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