あの頃

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「さとる」  肩に手を置かれてはっと気がつくと、祖父がこちらを覗き込むようにして見ていた。 「じいちゃん」 「こんなところでどうした」  走った直後で、心臓はまだ少し速く脈打っており、背中にはじっとりと汗をかいている。 祖父はいつもの散歩コースを往復して戻る途中、ぼうっと駅の待合室を覗き込むさとるを見つけたらしい。 「じいちゃんを追っかけてきた。帰る?」  祖父はわずかに目を細め、ああ、と頷いた。 「お昼は素麺がいいな」 「昨日も食べたけどいいのか」 「うん。トマトと卵乗っけた奴がいい」 「昨日はツナとオクラだったな。それもいいか」  家に着くと、祖母が庭で洗濯物を干していた。 「さとるくんがいなくなってるから心配しましたよ」 「ごめん、おばあちゃん」 「俺を追っかけてきたらしい」 「まあ、そんなことだろうと思いましたけどね」  お昼はどうしましょ、といいながら洗濯物を広げるのをさとるも手伝った。 「素麺がいいな」 「トマトと卵が乗ったやつがいいそうだ」 「あら懐かしい」  洗濯物を干し終え、家に入ろうとしたときに鳥の鳴き声が聞こえた。辺りを見回すと、隣家を隔てる塀に鳩ほどの大きさの鳥が止まっている。見たことのない鳥だった。さとるはそうっと近寄っていき、ほどほどのところでその鳥を眺めた。柔らかそうな細かな羽毛は茶色だった。羽繕いの拍子に羽根が扇状に広がり、 「あ、」  一瞬広がった茶色の扇に、小さな花弁のような、鮮やかな水色と白色の縞青が見えた。思わず一歩踏み出すと、鳥は音も立てずに飛び去った。  夏にしてはひんやりとした空気が腕をなでていき、体温の上がった身体に心地よかった。
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