あの頃

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 さとるは焦っていた。いつも早朝に起きて散歩へ出かける祖父に、今日こそついていくと決めていた。なのにうっかり二度寝してしまいはっと気づいたら隣の布団がもぬけの殻になっていたのだ。慌てて着替えて靴を履き、祖父が大抵足を向ける駅の方へと駆けだした。  夏休みの間、さとるは共働きの両親の元を離れ、父方の祖父母の家に遊びに来るのがお決まりの流れになっていた。さとるの両親はいつも忙しく、夏休みになっても家にいないことが多い。それを見かねた祖父母が勉強ばかりしていては疲れてしまうだろう、と連れ出してくれたのがきっかけだった。この町はさとるが住むところよりも静かで、人や建物より山の緑の気配が濃い。ゲームセンターや商業施設も隣の市まで行かなければならない。しかし、家から少し歩くと公園があって蝉やクワガタを探すことができるし、古くて小さな(さとるの父に言わせれば趣のある)駄菓子屋もある。駄菓子屋は夏の間はラムネやアイスを売っているから、昼間に外で遊び、夜にアイスを食べることができるこの家が大好きだった。料理は祖母だけでなく祖父も上手だった。昔、祖母に教えてもらったと話してくれたことがある。包丁の持ち方すらぎこちないさとるの父とは大違いだった。さとるも祖父母の家に泊まりに行くようになってから、少しずつ料理を教わっている。夕べはリンゴをむいた。  さとるは息を切らしながら駅までの道を走った。駅へ向かう道は緩やかな坂になっており、坂の天辺にたどり着くと駅の入り口が見える。今朝は霧が出ていた。山向こうから姿を現した太陽の光を受け、辺りの景色が霧を透かしてぼうっと輝いて見える。線路の更に向こう側は川がある。といっても大雨が降らない限り川底の石ころが顔を出すような、ちょろちょろと流れる程度の川だ。
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