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さぁ、おいで。
よくよく見ればそのおかしなドアは、付いているドアノブまで私の見慣れているものとは違った。温かさを感じる木製のドアが、私が入っていたベーカリーのドアだ。けれど、隣にあるドアはもっと古くて、よくホラー番組のロケで見るような廃墟に付いているドアのような雰囲気だった。
見れば見るほど、穏やかで白くまどろむような陽光に包まれた、薄暗いけど仄かな明るさに満ちた路地裏には不釣り合いなくらい不気味に思えてくる。けれど、ふと思ってしまったんだ。
このドアを開けたら、中には何があるのだろう?
普通に考えたら、このドアの先にはベーカリー以外のものはない。開けたら店長は何事かと目を見張り、たぶん奥さんとかも「あれ、茜ちゃんどうしたの?」なんて人の良さそうな顔で尋ねてくるかも知れない。そんな光景が、目に浮かんでくる。
ふと胸が痛んで、それに釣られて自分がこれから向かおうとしていたのがただ夜までの時間潰しにしかならないゲーセンだったことまで思い出して、何でだろう、ひどく胸が重くなってしまった。
どこかに走っていかなくちゃいかないような気がした。何か叫んで主張しなくてはいけないような気がした。何かをずっと見続けてひたむきでいなきゃいけないような気がした。そうなれるものは、大学までと同じように自動的に目の前に現れてくれるものだと思っていた。
「――――――――、」
ふと、風が建物の間を通り抜ける。同じ場所で足踏みしている私を責め立てるように、背中を押す。寒い、寒いよ、冷たくて、苦しい。
私は私が満足できるように生きているはずなのに、なんでこんなにうるさく胸が騒ぐの……!?
風なのか胸のざわめきなのか、それはよくわからない。けれど、そのとき耳や心や、私の頭のなかを埋め尽くしていたそれが苦しくて、冷たくて、どこかに風避けの場所がほしくて、私はドアノブを思い切り回していた。
古いはずのドアは、まるで蝋でもつけたみたいにすんなりと、滑るように開いて。わたしはまるで誘われるように、ドアの中にフラ、と入り込んでいた。
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