みつかったね

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みつかったね

 そのドアを見つけたのは、学生の頃短期でバイトしていた近所のベーカリーの匂いに誘われて入り込んだ路地裏だった。小春日和という形容が相応しいような穏やかな陽気に浮かれて歩いていた私は、そのドアを見たとき直感的に「おかしい」と思った。  ドア自体は、ベーカリーの建物にくっ付くように設置されている。けれど、この建物に入る為のドアはすぐ隣にもあったのだ、それも数cmくらいの間隔で。そのドアは、間違いなくベーカリーの壁についていたけれど、どう考えても不必要なドアに見えた。  考えてもみてほしい、どうして同じ建物に入るために、元からある扉のすぐ隣に新しい扉が必要なのだろう?  それに、よく見るとそのドアの材質は元々付いていた――私も通ったことのある――ドアとは少し違うようだった。今にも朽ちそうな、古い木材。こんなの……なかったはずだ。  一瞬、店長に聞こうかとも考えた。彼とはたぶん今日も会うだろうし、そのときにならいろんなことを聞ける。  けれど、どうしてだろう、私は“今”、この扉の向こうが見たかった。  理由なんて、考えてもきりがない。  空が昨日と同じように晴れていたから? この路地がいつもと同じように柔らかくて静かな日だまりの空気をまとっていたから? 近所の小学校に通う子どもたちの声が楽しそうだから? 私が今日も変わらず明日もきっと代わり映えしなさそうな毎日に埋もれているから?  考えたって、きりがない。  いま思い浮かんだどれでもないような気もするし、その全部が理由のようにも思える。どんな理由かなんて、はっきりわかるわけがない。  よく晴れた、平和で退屈すぎる、平凡な日常を謳歌する都市の片隅。きっと誰からも顧みられることのなく、猫がたまにあくび混じりに通りすぎるのが関の山な狭い路地裏で。  いつもならただ素通りして、近所のゲームセンターに行く通り道でしかないはずの狭い道に、私はぼんやりと立ち尽くしていた。
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