終末のメタモルフォーゼ

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  「もうすぐ世界は終わります」 そう聞かされたのは3日前だ。 予兆はいくつもあった。 何年も続く異常気象に局所的な大雨。 「今年最大級」の台風がいくつも列島を通過して、そのたびに記録を塗り替えていく。 川の氾濫、がけ崩れや地滑り、突風や竜巻など次々に災害がやってきて人々の生活を飲み込んで行った。 始めは被災地に支援金を送り修復をしていた政府も、すぐに居住地の選定をせざる負えなくなった。 大氾濫した川の上流や海辺の住人は移住を余儀なくされ、安全を保障された場所なんてどこにもないのに、情報だけを頼りに移住する災害難民のような人々が出始めた。 数年前からは気温の異常な上昇が始まり、日本から四季がなくなった 温暖化によるオゾン層の破壊か?地殻変動なのか? 色々な説が飛び交ったが、原因は意外なものだった。 宇宙を超スピードで移動する恒星が発見されたのだ。 双子だった恒星の片割れがブラックホールに飲み込まれ、もう片方が逆に弾き飛ばされてに銀河系の外へ飛び出して行く。 その恒星が地球のすぐ近くを通り過ぎるせいで気温が異常に上昇しているのだ。 でもその星が行ってしまえば地球は元に戻る。 それまでの辛抱だと言われ、みんなそれを信じていた。  そして三日前の朝。 そのテレビ放送は唐突に始まった。 「国民放送です。全てのチャンネルで同じ画像を流します。国民放送です。必ずご視聴ください」 何事かと私達はテレビの前に座ってその時を待った。 予告の時間に画面が変わり、結城首相が日の丸と共に映し出された。 首相は真剣な顔で、今から話すことは事実だと前置きしてからはっきりと言った。 「私たちの文明は、あと5日で失われます」 「えっ!」 私たちは顔を見合わせ、彰が音量を上げた。 首相の説明では、恒星は当初の計算より地球に近い場所を通過する。恒星の周囲には太陽のフレアと同等の温度の火球が飛び交い、引力によって地球に降り注ぐだろう。 仮に地球が破壊されなかったとしても、かつて恐竜が滅んだように全ての生命は死に絶える。 宇宙を映した画像がまたスタジオに切り替わると、首相の手元がクローズアップされた。 そこに映っていたのは私がとてもよく知る物だった。 「これは薬です。名前はメタモルフォーゼ。ドイツ語で変わるという意味です」 それは私のチームが半年前に開発した薬だった。 半透明のシートには色の違う錠剤が1粒ずつ入っている。 「最初はホワイト。不安や恐怖、孤独感などを無くす薬です。次がブルー。とても気分が良くなって楽しかった記憶が蘇り、人によっては先に亡くなった大切な人に会えたり話ができたりします。桜が見たいと思えばきっと叶えられるでしょう。そして最後が」 「レッド」 私が言うと、彰は「まさか」と言って私の顔を見た。 「レッド。最後の薬です。穏やかな眠気が訪れ、幸せな気持ちのまま最期の時を迎えます」 2年前に法律で尊厳死が認められ、末期患者が最後の瞬間まで家族と話しができて穏やかに看取れるようにと開発された薬だった。 政府はこの薬を各家庭に100シート配布したと言う。それは奪い合いにさせないためだ。 食料や飲料も5日分には十分な量を無人配布所に用意し、ガスや電気のインフラも問題なく使えるそうだ。 「この放送を最後にテレビもラジオも役割を終えます。このカメラを操作する人にも家族がいるからです。そして私にも」 歴代総理大臣の中で最年少の結城首相には、確かまだ小学生の子供がいたはずだ。 「インターネットやSNSは継続しています。田舎に帰りたい人は無料の燃料ステーションを開放しています。どうか事故には気を付けて。警官や自衛隊員も家族の元へ帰ります。 どうか皆さん…最後に人を傷つけて後悔することなく全ての人が穏やかに人生を全うできますように。この国の最後の首相としてお願い申し上げます」 そして最後のテレビ放送は終わった。 彰が立ち上げたパソコンには、政府発表の全てが記載してあり、世界の国々の国家主席が彼らの国民に向けて放送した会見も見られるようになっていた。 大がかりなフェイクニュースであることを願ったけれど、全てが事実であることが証明されただけだった。  
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