第17話 男鹿の本音

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第17話 男鹿の本音

 勢いこんで芸術棟から連れ出したものの、こうやって男鹿と二人きりで話すのははじめてだ。どうやって話を切り出そうかとあれこれ考えたものの、結局は単刀直入に尋ねることにした。 「それで……話というのは悠衣のことだ」 「……やっぱりな。多分そうじゃないかとは思ってたぜ」  男鹿は私の用件をあらかた予想していたらしく、さして驚いた様子もなく肩をすくめると、非常階段の手すりに背を預けた。足の怪我がまだ治っていないので、その姿勢のほうが楽なのだろう。 「話がはやくて助かるよ。男鹿は今のこの状況をどう思っているんだ?」 「どうって?」 「ついこの間まであれほど悠衣と仲が良かったじゃないか。それなのに……お互いに無視して、口もまったく利かなくなって……こんなの異常だろ」  しかし男鹿は表情を特に変えることも無く、私から視線をそらす。 「だったら何だって言うんだよ? 俺だって別に……避けたくて避けてるわけじゃない」 「……どういう意味だ?」  私が怪訝に思って尋ねかえすと、男鹿は地面に落ちた自分の影を見つめるよう瞳を伏せる。 「……俺は姫崎が嫌いなわけでも、怒ってるわけでもない。でも……あいつは明らかに俺を避けてるだろ。あんなに拒絶されたら……距離を取る以外にどうればいいんだ?」 「それはそうだが……」 「ただ……姫崎が怒る理由は分かってる。あいつは中学時代いろいろあったから……噂とか人の目とか異常に気にするんだ。それなのに森本さんが俺に告ってきて、姫崎はもらい事故同然にクラスメートから茶化されて……だから噂を拭い去るためにも、俺に近づくわけにはいかないんだろ」 「なんだ……分かってるじゃないか」  それを聞いた私はほっとした。さすが悠衣と腐れ縁だと言うだけのことはある。男鹿は冷静に自分の状況を把握し、悠衣の気持ちもよく分かっている。決して感情的になっているわけではなく、男鹿なりに判断して行動しているのだろう。 「でも……告白の件は勝手にSNSで拡散させたA組の女子のせいで、男鹿が悪いわけじゃないだろ。それに……悠衣は男鹿のことを怒ってるわけじゃない。たぶん……悠衣自身もどうすれば良いか分からないんだと思う」 「だといいけどな……」  悠衣の心の内は本人しか分からないことだが、そう願わずにはいられない。  そして、もう一つ気になっていた私は、ひとつ咳ばらいをすると、久しぶりに息子と会話する父親のような、ぎこちない口調で切り出した。 「それでその……どうなんだ? 男鹿は告られてOKしたのか?」  男鹿は目を瞬かせると、あきれたような視線を私に向けた。 「お前……えらくオレのプライベートに踏み込んでくるな」 「そりゃ私だって無神経な真似はしたくないけど……男鹿がOKしたかどうかで話が全然違ってくるじゃないか」  私も男鹿とこんな話をする日が来るなんて思いもしなかった。恥ずかしさのあまり、顔から火を噴いて死んでしまいそうだ。 「言っておくが、私はただ悠衣と男鹿の仲が元に戻る手助けがしたいのであって、ゲスの勘繰りなんかじゃ断じてないからな!」 「わかってるよ。結城はそーゆう奴じゃないって」  男鹿は声を出して快活に笑うと、ためらいがちにではあるが、私の質問に答えてくれた。 「……してない。するわけないだろ。告ってくるまで、相手の名前どころか顔すら知らなかったんだぜ? そりゃ告白された時は正直、嬉しかったけど……名前も知らない相手とつき合うなんて無茶な話だろ。どう考えたって長続きするとは思えないし。可愛いって理由だけで付き合うとか……相手にも失礼だと思う」  男鹿らしい判断だな、と私は思った。男子高生が学年でもトップクラスの美少女に告白されたのだ。普通なら舞い上がって、その場で交際をOKしてしまうこともあるだろう。  実際、告白された直後の男鹿は、ぼんやりとしていて夢見心地な様子だった。まさか自分が森本杏奈のような美少女から交際を申し込まれるとは思いも寄らなかったのだろう。  けれどその後、男鹿は冷静に考えたのだ。森本杏奈と付き合うべきか否か。そして真剣に考えたからこそ、彼女とは付き合わないという選択をしたのだ。 「それじゃ向こうにはお断りしたんだな?」 「したよ。はっきりとな」 「それならどうして、A組の女子は頻繁にB組に通ってくるんだ?」  男鹿の説明は、現在の状況と噛み合っているように思えないのだが。私がそう口にすると、男鹿は声に苛立ちを滲ませた。 「そりゃこっちが聞きてえよ。『本気で好きだから簡単にあきらめられない』とか、『友達から始めて好きになってくるまで待つ』とか言って、どれだけ俺にその気がないと説明してもダメなんだよ。昼休憩に会いに来ても、もう来ないでくれって頼んでるんだぜ」 「男鹿が何度も断ってるのに、あんなに付きまとっているのかA組の女子は……ちょっと悪質じゃないか?」 「俺だって、どうしたらいいのか分かんねえよ。でも結城が言うなら、そうなのかもな」  告白してもきっぱり断られたら、普通はあきらめないだろうか。だって、自分を好きでもない相手と強引に付き合っても虚しいだけだ。おまけに男鹿にはすでに好きな人がいる。森本杏奈もそれを知っているはずなのに。 (だからこそ毎日のようにB組にやって来ては、悠衣を睨んでいくわけだし……)  あれほどの美少女だ。男鹿でなくとも付き合いたい男子は山のようにいるだろうに、森本杏奈はまったく引き下がる様子が無い。彼女はいったい何を考えているのだろう。 「……ちなみにA組の女子は、男鹿のどういうところを好きになったんだ?」 「それもピンと来ねーんだよなあ……なんでも高校に入学してから偶然サッカーをしてた俺を見かけて、つき合ってみたいと思ったらしいぞ」 「なんだそれは……サッカー部だったら誰でも良かったってことか?」 「だろ? だから俺も参ってんだよ……」  男鹿にもわけが分からなくて、困り果てているようだ。森本杏奈から好意を寄せられる理由に心当たりが無いからだろう。私は、ふと考えこんだ。 (世の中には一目惚れって言葉もあるけど、森本杏奈にとって男鹿との出会いは、それほど運命的だったのか……? そうは思えないんだよな……)  せっかく高校に入学したのだ。誰だって一度は、素敵な青春を謳歌したいと思うだろう。部活に打ち込みたい。気の合う友達と遊びたい。そして彼氏や彼女が欲しいと願う人だっているかもしれない。  高校生になった森本杏奈も、彼氏とつき合うことに憧れたのだろう。ドラマみたいに彼氏と手を繋いで下校して、お昼を一緒に食べて、家に帰ってSNSで連絡を取りあって、休日は仲良く映画館でデートして……そういう相手を探し求めた結果が、男鹿だったのではないか。 (男鹿っていろんな意味で、ちょうどいいんだよな……人気のサッカー部で、勉強の成績もまあまあ上。イケメンじゃないけど爽やかだし。性格も見るからに良さそうで……要するに好感度が高いんだよな。つき合ってるって周囲に知られても、『ああいう相手を選ぶんだ、しっかりしてるな』とか、『いい意味で意外!』って評価される……みたいな?)  都会では誰とつき合い、誰と恋愛するかは自由なのかもしれないが、俵山みたいな田舎ではそうもいかない。たとえば、不良とつき合っている場合と、品行方正な相手とつき合っている場合とでは、周囲の評価がまるで違ってくる。  森本杏奈もおそらく、こう考えたのだ。一刻もはやく彼氏を作って、周囲の羨望を集めたい。けれど、イケメンや秀才タイプを選んで「やっぱり美人は付き合う男子も選び放題だよねー」と陰で嫌味を囁かれたくはない。そういった様々な条件を考慮した結果が、男鹿だったのではないか。  ひょっとしたら森本杏奈は「つき合ってあげる」くらいのつもりで男鹿に告白したのかもしれない。フツメンの男鹿に対し、森本杏奈はカワイイと評判の美少女だ。だから男鹿に告白してOKされることはあっても、断られるはずがない。そんな自信すら抱いていたかもしれない。  ところが現実は違った。当の男鹿には告白を受け入れるつもりが毛頭なく、それどころか親密そうな女子までいたのだ。男鹿と悠衣の仲が良いことも、ただのクラスメート以上の雰囲気であることも知った森本杏奈は、男鹿から告白を断られたのは悠衣が原因だと勘づいたのだ。  フツメンの男鹿に振られ、自分よりどう見ても可愛くない悠衣に男鹿を奪われた彼女は、プライドをひどく傷つけられたことだろう。そこで彼女の闘争心に火が付いたのかもしれない。何としてでも悠衣から男鹿を奪ってやる。私の方がカワイイんだから負けるはずがない。だから、あれほど執拗に悠衣に絡んでくるのではないか。  あくまで私のちょっぴり意地悪な想像だが、そう的外れでもないと思う。森本杏奈は、少しでも男鹿や悠衣の気持ちを考えたことがあるのだろうか。いくら恋を成就させるためとはいえ、世界は彼女を中心に回っているわけじゃない。  男鹿はどこか疲れたように大きく溜め息をつくと、背を預けていた非常階段から体を起こし、松葉杖を両脇に抱えて立ち上がった。 「俺だって今の状況がいいと思ってるわけじゃないけど……俺にはどうしようもない。俺は姫崎と元に戻りたいけど……姫崎が望んでいないなら意味が無いだろ」 「まあ……男鹿の言うことも分かるけど……」  悠衣は男鹿を徹底的に避けている。もし男鹿が勇気を出して悠衣に話しかけたとしても、強烈に拒否されて終わるだけだろう。男鹿もそれを分かっているから行動を起こさないし、起こせないでいるのだ。 (つまり……悠衣の気持ちを変えないことには、仲直りしようがないってことか……)
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