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「……確かに、『姫』ではありませんね」  今日、古からの約束に基づき、生まれた時からの許嫁である王のもとに、輿入れしてきた新しい妃。王宮の建物の一つである赤麒殿で、その身体検めのために控えていた医官たちは動揺していた。青年の身体を検めた若い医官の言葉を聞いて、一様に肩を落とす。顔立ちの整った翼飛の青年――センは、ここに来るまで着ていた大仰な上衣は脱がせられていて、単衣一枚で彼らの前に立っている。がっかりされているらしい、ということはセンにも分かった。 「もしかしたら高貴な『姫』のための、先触れの方でしょうかね。はい、貴方様もお疲れさまでした。突然服を脱げなどとお願いしてしまい、申し訳ありませんでした」  白い官服を着ているので、彼らが医官であることはセンにもすぐに分かった。身体の検めがあることは故国でも聞かされていたので特段驚かなかったが、残念なことに彼らの『姫』とやらはいくら待っても来ない。 「自分はセンと申します。自分は先触れのために来たわけではないのですが……あなた方が待っていたのは、『姫』だったのですね」  翼飛の青年が困惑しながら呟いた言葉に、医官たちはめいめいに頷き返す。 「翼飛からの妃の様子はどうだ」  複数の足音がして扉が開き、黒を基色とし、豪奢な刺繍が施された上衣を纏う男が現れた。頭には宝玉が流れる冠を戴いている。その出で立ちで、男がこの禮国の王なのだと、向こうから名乗らなくても分かった。センは戸惑いながらもその場で両膝をついて一礼し、その背を覆う翼をきっちりとたたんだで名乗った。それが翼飛の正式な礼だ。禮王は、立ち上がるようセンに告げながら、視線を巡らせる。  気まずそうな表情をする者たちが居並ぶ中で、一人の医官が礼をしてから「恐れながら陛下」と口を開いた。 「何か、手違いがあったようです。『姫』ではなく、男子が来てしまいました。セン様と申されるそうです」 「あの。自分は男の性を持ちますが、『応』なのです」  慌てて医官の言葉を訂正しようとしたセンだったが、医官たちは苦笑を濃くするだけだ。 「……なるほど。だが、彼らも何の考えもなしにこの方を寄こしたわけではないだろう。セン殿を大事な客人として迎え入れるように。もしかしたら、まだ時機ではないと先方は考えているのかもしれない。念のため、確認してみるが」  この中では年長らしき医官が、恭しく王に礼をして「ぜひご確認を」と懇願した。鷹揚に頷き返したところで、王はセンへと笑顔を向ける。 「翼飛の里は、地上の者からは見えぬ、雲よりも高いところにある。禮の地にようこそいらっしゃった。ぜひその綺麗な翼を寛げ、ゆっくりとお過ごし頂きたい」  冠から流れる宝玉のせいで男の目元はよく見えないのだが、声の調子から言って若い男だろうと考えられる。『姫』を望んでいたのに、間違った者が来ても、動揺したり怒ったりする気配は微塵もなかった。   「ありがとうございます。……でも、自分はいろいろと間違い、だったようです」  単衣一枚のまま、センはしょんぼりとした。主人の気持ちに合わせて、挨拶の時にはきっちりと折りたたまれていた翼までうなだれている。禮王はその様子に「心配なさらず」と優しく声をかけてきた。 「もしかしたら、我が国の様子をセン殿の目で見て欲しい、という気持ちが貴国にあるのかもしれない。セン殿は、地上の国は初めてなのではないか。ぜひ、楽しんでいかれよ」  それでは、と王が踵を返した。王に付き従う最後の一人が部屋から出て行ったところで、安堵の気配が控えの間に広がった。思い描いていた『姫』ではなかったことで、一波乱あるのではと誰しもが思っていたのだろう。  そう思っていなかったのは――自分が必要なのだと勘違いしていたのは、センだけだった。思い描いていた禮王は人違いで、しかも新しい妃として飛び込んでみたら、必要なのは『姫』だったという。この地に来るまで着ていた服を着つけられても、もはや空しいだけだ。こんなことになるのなら、故郷のみんなが進言してきた通り、春まで待っていれば良かった。 「遠路はるばる、お疲れさまでした。夕餉の時間までは好きにお過ごしください。取り急ぎ、この赤麒殿をセン殿の居住とさせて頂きますので」  王が確認すると言ったことに、年長の医官は安心したのだろう。本来のものらしい、ゆっくりとした口調でそう述べ、部屋から出て行った。翼飛の『姫』を迎える役の者たちは、それなりに身分が高かったようだ。中には「人騒がせな」とぼそりと言い残して去っていく者もいた。最後に残ったのは、センの体を検めた若い医官だけ。若い医官は苦笑を残しながらも、ぽん、と自分よりもずっと小柄なセンの頭に自分の手のひらを置いた。 「セン殿も、遠いところから来て疲れただろうに、難儀でしたね。陛下はまだお若いが、聡明なお方だ。セン殿のことも、先ほどご自身が仰っていた通り、悪いようにはしないでしょう。どうか、この赤麒殿で寛いでいってください」 「おれは、冬が来る前に風花が舞ったら、禮王の許に嫁ぐのだと言われてきたのですが……自分がずっと、今の禮王だと思っていた方は、違う方でした」  若い医官以外はもう誰もいない。翼飛の青年は、うなだれ、床を見ながらそう呟いた。若い医官は「違っていた?」とセンの言葉を拾って返す。 「はい。みなに、王衛将軍と呼ばれていた――驪竜さまが、自分の将来の主人だと、そう思って生きてきたのです。けれど、この国の人たちは、彼は王じゃないと言った。……先ほどいらっしゃったのが、禮王陛下なのですね……」 「どうして、驪竜が王だと思われたのですか」  若い医官にそう問われて、センは視線を向ける。人を疑うことを知らないとでも言いたげな、真っすぐな眼差し。だが、それもすぐに床へと向けられてしまう。 「幼い頃に、約束したのが驪竜さまで、驪竜さまこそ王位を継がれる方だと思い込んでいました。それが、思い違いだったみたいで」    自分が故国から言われてきたことや、幼い時の約束事。それらを、自分が勘違いしてしまったのだろうか。それはとても恥ずかしくて、センは居ても立っても居られなくなった。
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