14

1/1
前へ
/47ページ
次へ

14

「君は今まで、すごくすごく頑張って来たんだよ。君の身体を見ればさ、医官の私には分かる。そろそろ、君に特大のご褒美があっても良いと思うよ。驪竜様が君を引き取らないって言うんなら、私の養子になればいい。セン殿は学ぶことがお好きなようだから、医官の手伝いをしてくれると嬉しいな」 「――医官は駄目だし、灰羅の養子になるというのも却下だ」  ぴく、と伯皓がその声に反応して耳を動かした。センも扉の方へと視線を向けると、開けっ放しだった扉に驪竜が腕を組み、枠組みに寄って立っているのが見えた。いつから聞いていたのだろう、とまた恥ずかしくて仕方がなくなる。 「駄目とか却下って……言い方が子どもじみていますよ、貴方。そこまで言うなら、驪竜様がしっかり頑張ってくださいね? 貴方が最初っからしっかりセン殿と向き合っていれば、私だってここまで心配しなかったんですから」 「……分かっている」  室内に入ってきた驪竜はまっすぐにセンのところに行くと、さっさと隣に座り込む。それを呆れた表情で見やりながら、灰羅が席を立ち、驪竜のために茶を入れてきた。何か話があるのではないか、という驪竜の視線を感じて、灰羅も「そうだ、そうそう」と何かを思い出したらしい。 「最初に、『応』がどうのって話を聞いた気がするんだけどね。ほら、『応』の翼飛にお会いするのは、セン殿がはじめてだから。どういう意味なのかな。驪竜様も知りたいでしょ?」  センも、自分が『応』であることを話したことはあるが、誰もそのことに踏み込んで聞いてきたことがなかったので、「ああ」と頷き返した。 「『応(いらえ)』とは、神に応える者のことです。昔、翼飛を生み出したという神さまが、自分に応えてくれる者を翼飛の中から創り上げました。人に似た外面の性とは別のもので、内側というか……簡単にいうと、男の特徴を持っていても神との子を成せるように、と。だから、『応』は古より、神に仕えるのです」 「へえ、すごいね! じゃあ、男性ではあるけれど、『応』っていう性でもあるっていうことかな。人との間にも、子は成せるの?」  驚いた顔をした灰羅が重ねて問うと、センは顔を赤くしながら頷き返した。 「でも、『応の本質』が目覚めたことに気づける者でなければダメだと、聞いたことがあります。おれはまだ、その……目覚めたことがないので、どういうものなのか分からないのですが。元々おれたち翼飛は、番いを作るかどうかなどは本人任せです。過去より『応』だけが管理されて、冬の前に風花が舞うという条件がそろった時だけ、禮王に輿入れし、二十五までにその条件が揃わなければ王が決めた者と夫婦になります。禮の王になる方は代々、気づける者であることが多いそうで、『応』が子を成すと次代の『応』が翼飛の中に生まれるそうです。『応』は翼飛の祭祀を司る長であるので、番いを勝手に作られては困ったのもあるかもしれません」 「……だからセンが『禮王』の許に輿入れして来たわけだな。間違いではないじゃないか!」  眉根を寄せながら口を開いた驪竜に、センはふるふると頭を横に振った。 「皆さまも、陛下も、『姫』をお求めのようです。間違いではないとして、陛下がおれを受け入れるでしょうか。そして、おれは……その、驪竜さまの許へ行くのだと、ずっと思っていたので」 「そうか……」  俯いたセンの頭を、大きな驪竜の手のひらが覆ってくる。灰羅は苦笑いしながら「なんか、私がいたらお邪魔のようだね」とぼやく。  「センが翼飛に戻らなければならないというのなら、俺も付いていく。何とか『応』の役目を解く方法を、探したい」  まさか驪竜がそこまで言ってくれるとは思わず、センは驪竜を見上げてから灰羅へと視線を向ける。 「私は逃げちゃえばいいって思うけどなあ。真面目なことで。役目を解くも何も、次代の『応』が生まれれば良いわけでしょう? ってことは、セン殿がお子を産めばいいってことだ。うーん、でも『応の本質』っていうのが分からないなあ。瑞鸞陛下にお願いして、とりあえず抱いてもらうとか……って、驪竜サマ、顔が怖すぎるよ」 「……お前は本っ当に、昔からろくな考えをしない、下品な奴だな。試すためだけに、瑞鸞にセンを差し出せというのか? あれがどういう性格をしているのか、お前なら分かっているだろうが」  冷たい驪竜の声音に、灰羅が「降参でーす」と早々に返す。真剣に怒っている驪竜の手のひらは、まだセンの頭の上だ。 「陛下ったら、異母兄弟なのに驪竜様のことめちゃくちゃ大好きですもんね~。驪竜様の紹介だって言われたら、自分の好みとかどうでも良くなっちゃうくらいの重症ですからね」  うんざりとした表情の驪竜に構わず、しゃべり続ける灰羅の話で、瑞鸞――禮王が驪竜の異母弟であることが分かった。それにしても、灰羅と驪竜の掛け合いも、まるで兄弟のようなそれに思える。ほけっと見ていたセンの視線に気づいた灰羅が、悪戯気に微笑むとセンを挟んで驪竜の反対側へと座った。大きな長椅子とはいえ、三人も座るとさすがにきつい。それに気づいたのか、さっと驪竜が自分の膝の上にセンを抱え上げてしまった。 「そろそろセン殿も気づいたようだね。私と驪竜との関係に」  くす、と怪しげな笑みを浮かべながら驪竜を呼び捨てにした灰羅と、ますます嫌そうな顔をした驪竜とをセンが見比べる。そこでようやく、考えが浮かんだセンは顔を青くした。 「ま、まさか……お二人は……!」 「――何を想像したのか、おぞましいから聞かないでおくが、これとは乳兄弟だ。半年だけ、これの方が年上だが」  呆れたように口を開いた驪竜の言葉を聞いて、乳兄弟? とセンが驚いた顔をする。灰羅はつまらないな、とぼやきながら肩を落とした。 「もー、折角セン殿に楽しい想像をしてもらおうと思ったのに。まあ、この真面目な『弟』に恋人もいたことがないのは、この『兄』が証明するからね。とっととくっついちゃえばいいんだよ、『応』のことだって、翼飛が自分たちでどうにかするだろうしさ。元々驪竜がセン殿の婚約者だったてことは、驪竜でもいいって可能性が十分にあるってことだし」 「……いい加減、黙ってくれ、灰羅」  驪竜が深い嘆息をついた。 「行くぞ、セン」  驪竜に抱えられたままのセンが動けないでいる間に、伯皓がさっさと立ち上がった。それから灰羅にとことこと近づくと、牙を剥き出しにして見せ、さっさと部屋から出ていった。 「……気づける者、ねえ。驪竜の『兄』としては、驪竜に一番最初に気づいて欲しいけれど……」  扉が閉まってから呟いた灰羅の言葉が聞こえた者は、誰もいなかった。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1545人が本棚に入れています
本棚に追加