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エピソードⅠ『行方』
妹が行方不明になって数日が経つ。警察にも行方不明届けは出したのだが、あまり真剣に取り組んではもらえないようだ。俺と妹とは二人暮しで、両親はいないものの、それなりに生活していた。
その妹が、学校の友達と遊んでくると電話で言った金曜日のあの日の夜から帰っていない。初めは友達の家に泊まったのかと思い心配しながらも、たまにはいいかなと思い気にしなかった。真面目な妹の気晴らしにもなるだろうし、大きくなってきた妹に対して、ただの兄である俺があれこれ口出しするのも嫌だろう。そう考え、用意していた二人分の食事を、晩と朝に分けて食べた。
それなのに、土曜日曜と丸二日連絡が無いまま月曜日を迎えた。流石に学校登校日にもなって家に帰って来ない、と言うのはおかしいと思う。家に学生鞄も制服も置いて行ったままだから、友達の家からそのまま登校ということもできない。妹も友達もサボるような子では無いし、何より友達も行方が知れないそうだ。何か事件に巻き込まれた可能性があると考えるのが妥当だろう。
(何処にいるんだマリア……)
俺のたった一人の家族──妹のマリアの安全を祈りながら、俺はリュックサック片手に家を出た。
三日前の会話を思い出してみる。マリアとした最後の会話を。マリアは確か、何処かに行くと言っていた。場所は……
『店』
『家』
『館』
……『店』ではない。例え行ったとして、帰ってきてないとなると他にあるだろう。買い物はしたとしても“目的のついで”だと考えた方がいい。マリアからも『店』と言う単語は聞いていない。
……『家』。友達の家という事だろうか。いや、友達の家に行ったとしても友達すら行方不明だ。友達には親が居るのに、居場所を知らされていない。そもそも帰っていない可能性が高い。
……『館』……そう、そうだ。『館』だ。マリアの電話から友達の声なのか、遠くから「館に行くよ」と聞こえた。妹と会話をしていた俺には聞き取りにくく、なんと言ったのか微妙に分からなかった。その言葉にマリアは「ちょっと待って!お兄ちゃんと電話中だから!」と返事をしていたことから、友達と一緒に居たことと、二人で『館』に行くことは決まっていたらしい。
「館……か」
この近くで『館』と言ったら一箇所しかなので、十中八九そこに向かうはず。でもあそこは──廃館のはずだが……
高い山の位置にあり、人々も気に留めないほど古くからある建物。交通の邪魔になるなんてことは無いし、山の中なんて疲れる場所にある廃館なんて行く人は居ない。なにより街が街だ。同年代はいても数人で、ほとんどの人口が老人の街。田舎と言って過言ではないだろう。そんな人たちにとっては見慣れた館に、興味はなかった。
だが印象が良いわけでは勿論ない。昔から時々話に出ては「何かしらねぇ」「建てたものの不便で放置されたんじゃないかしら」と言う人がちらほら居ただけだが、最近引っ越してきた新婚さんが「幽霊屋敷なんじゃ?」という噂にしっぽが着いて「本当に出たんだ!」と新婚の息子が根も葉もないことを言い出し、他所にまで噂が広まった。
その末、本当に幽霊屋敷なんじゃないかと思う人が続出。今では視界に映るだけで「不気味」「怖い」と言う人が居り、しまいには引越してった若者もいる。そのせいでより一層探究心に火をつけた若者を筆頭に、他所から度々人が街に出ては入りを繰り返す。街を見れば見慣れない顔がいくつもいくつも……静かだった街は面影を無くし、老人が次々に寿命で死んで行って残ったのはその人達の子供と、新しく来た他所街のギャング達。
「……マリア……」
もしかしたら、妹はそういう連中に唆されたり脅されたりして、あの廃館に……だとしたら止めなければ。止めるのが遅くとも、助け出すことなら出来るのでは……
「ごめんよ。マリア。必ず迎えに行くから」
俺の勘違いなら、取り越し苦労ならそれでいい。俺たちでさえ知らない人の家に居て、暖かく暖を取っているならそれでいいんだ。携帯は電池切れか落としてしまった、壊れてしまったのならいいんだ。マリア、君が無事ならそれでいい。
だけどもし、君が助けを求めるのなら、俺はそれに応える。
『マリアのこと……お願いね……メイソン』
マリアを産んですぐ、病院で息を引き取った母親の言葉を、俺は今でも繰り返している。
山の中を歩き、草木を掻き分けながら進んだ先に、例の館は存在した。近付いてみると、その館の異質さが冷たい風となり、まるで人の手のように実態を持ち、俺の首や手首にまとわりつき、ヒヤリとした温度が身体にぶるっと震えを起こした。
外観から分かるのは三階建てという事と、ここに人が住んでいたとすればさぞかし裕福であろう、という事。デザインなんてものに精通のない俺には良し悪しなんて分からないが、廃れる前の塗装の色くらいなら何とか分かった。
赤色だった屋根は所々剥がれ落ちてコンクリートが剥き出て、雨風に吹かれて色落ちした色が茶色に見える。窓は閉まっているもの、硝子が割れているもの、空いた窓から外に出るカーテンが風に揺れてガタガタ音を立てるもの、何れにしても不安しか生まない窓たちだ。長年生きてきてこうも怖い複数の窓を見たことがないな。
俺は廃館を大雑把に一通り見た後、これまた大雑把な感想を抱きながら、廃館の中に入るべく両開きの扉へ歩いていく。ドアノブを手にガチャガチャ、右回し左回ししたものの、押しても引いても開く気配がない。
「……開いてない?マリアはここには居ないのか?」
入ったのなら、中に居るのなら、ここから入ったのではないか。そう考え、この扉に触れたものの、安易な考えだったのかもしれないと改め、ドアノブから手を離した。もしかしたら開いた窓があるかもしれない。壊れた窓から入ったのかもしれない。
俺は玄関に辿り着くにあたって登ってきた十数センチの段差を降り、今度は館の周りをぐるぐると回り始めた。雑に一目見た最初とは違い、今度は念入りに、建物を鑑定するように上から下へ目玉を動かした。もっとも、こんな建物に値段なんて付けようもないし俺ではまともな価値が分からないので付けれないので、あくまでそれっぽく見ているだけだ。
──すると、
キャアアアアアアアアアッ!!
いきなり甲高い叫び声が聞こえ、次の瞬間どこかの窓がバリンッ!と割れる音が聞こえた。女の叫び声、ガラスの割れる音、それらは丁度俺の真上から聞こえたらしく、割れたガラス片が俺を目掛けて落ちてきた。
「痛っ……」
そのガラス片のうちの大きい一つが、防御した俺の腕部分の肉を服ごと裂き血を滲ませた。縦に大きく傷が付いた腕は酷く傷んだが、幸いと言うべきか腕以外への傷は無く、ガラスが刺さったということも無い。
「うぅ……」
滲み滲みだった血は、ゆっくり開いてくる傷口に合わせるかのように徐々に吹き出してくる。腕への痛みから膝を着きそうになったものの、痛みで目を閉じようとした先に見た、地面に広がるガラス片の数々が俺の膝を踏みとどまらせた。ガラス片が散ったこの場所は危険だと判断し、悲鳴のことも気になったが、一先ずその場を立ち去った。
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