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自首(駄目教師、英雄になる)。
十四)駄目教師、英雄になる
一時間目は授業が開いていた。そして二時間目は自分のクラスでの授業である。ここで耕輔は爆弾発言をする準備を整えて思いっきり深呼吸した。殺人者が生徒達の前へ出るのだ。しかし、それもこれで最後だろう。二時間目の始業のチャイムが鳴る前に耕輔は4階にある自分のクラスに到着した。晴れ晴れとした気分であった。ここで自分を馬鹿にしていた生徒達の間で耕輔は英雄になれるのだ。殺人と放火のことを語って、それから校長室へ行こう。そう考えていた。
教室では生徒達が何もなかったかのように騒いでいた。いつもの光景である。
「皆さん、静かにして下さい。今日の授業を始めます。今日はその前に重大な発表をしなければなりません。それは---それは---」
「先生頑張って!」「また何一体?」
耕輔は全く静かにはならない教室の雰囲気にはもう慣れっこになっていた。生徒の中には耕輔の重大発表など我関せずと言った様子で騒いでいる生徒もいる。これが耕輔の授業のいつもの光景である。
「後ほど十分だけ時間をいただいてお話します。それから、これが僕の最後の授業です。君たちは僕の最後の生徒です」
一同がいつもになく静まりかえった。そして、約四十分何事もなかったかのように淡々と授業を進めた。そして後十分を残した時、耕輔は教壇から居住まいを正して言った。
「驚くかも知れませんが、僕は人を殺しました。放火もしました。だから今から自首します」
「おい、今日の杉村、何かおかしいぞ」
「先生、また冗談?あーうざ!」
「これは冗談ではありません。本当に人を殺しました」
「わかった!先生は白装束にいた時に人を殺したんや!」
お調子者の女子生徒が言った。
「違います。家が島の連続放火とおかま殺人です。みんな僕が犯人です」
生徒は一斉に騒ぎ始めた。
「おい、この先生おかしなったぞ!」
「何か妄想に取り憑かれているぞ」
耕輔は真剣な眼差しで今言った男子生徒の方を見据えた。
「冗談でこんなことは言えません。本当のことです。今から校長室へ行って自首します」
いつもにはない余りの迫力に一同は静まった。そうだ。これで俺を馬鹿にしてきた生徒達の間でも俺は英雄になれるのだ。そんな考えが耕輔の脳裏を駆け巡った。当然、人殺しの先生と一年間をともにした生徒なんかそんじょそこらにはいるはずがない。
「今日皆さんが家へ帰ったら杉村先生は殺人で警察に捕まって新しい先生が担任になると伝えて下さい」
どうも、この先生は本気のようだ。これはただ事ではないぞと生徒達も察知したようであった。
「先生、何でそんなことしたの?嘘でしょ?」
副委員長の女生徒が言った。
「神の法を守るためです。そのためなら私は人くらい平気で殺します。放火もします」
「おい、この先生狂ってるぞ」
誰かが小声で言った。
「はい。世間様の目から見たら確かに私は狂っています。でも、私は自分のやったことに関して後悔はしておりません。これが信仰者というものです」
「頭おかしい」
「気○がい」
そんな声もかすかに聞こえてきた。そして、終業を告げるチャイムが鳴った。教室を後にする耕輔。それを一人の女生徒が追いかけてきた。気丈でいつも耕輔を困らせていた生徒である。
「先生、一年間ありがとう」そう言って耕輔の手をしっかりと握った。
「ああ」
そして耕輔は閻魔帳や教科書を持ったまま校長室へ行こうとする。なぜか噂は早くも広まっていたようだ。校長室をノックした途端に校長の声で「杉村先生ですね、どうぞ」と聞こえたので、中へ入った。中には校長と教頭が待ち構えていた。耕輔は起立したままで言った。
「署に半田という刑事さんがいます。自首しますから呼んで下さい」
「いや、その前にあなたは何をやったのですか?生徒が『人を殺した』とか『放火した』とか不穏当なことを言ってますが、事実ですか?これは由々しき事態ですよ」
「そんなことは分かっております。でも、事実は事実です。私は嘘はつきません。殺しました。放火もしました。そのことで半田という刑事さんにつきまとわれてもいます。前に学校へ来たので、ご存じでしょう」
「では、今から警察へ電話してもいいのですね。それから教育委員会にも報告します」
「どうぞご自由に。どうせ死刑になるんですから」
教頭が口をはさむ。
「先生は確か家が島の出身でしたね。そこで放火や殺人をやったのですね」
「その通りです」
「あなたのような生真面目な方がなぜそんな大それたことをやったのですか?」
「島を悪魔の手から解放するためです。私は正しいことをやったと思っております」
「正しいことって、あなた殺人や放火があなたにとって正しいことなのですか?」
「はい」
校長も教頭もあまりのことに同時にため息をついた。
「では、教頭先生、警察に電話して下さい。その間にあなたがなさったことを逐一教えて下さいますか?その前にどうぞ腰掛けて下さい」
耕輔はソファーに腰を深く落とすと、おもむろに口を開いた。
「はい。昔○○高校に勤めていた時に島のお祭りに参加するように強制されました。それからこの偶像の島を憎むようになりました。一番最初にやったのは家の仏壇の位牌を燃やしたことです」
「それは、あなたの家のものですから犯罪ではありませんね」
「はい。次に村にあった子安地蔵という地蔵をハンマーで粉々にしました。その次が原口産婦人科医院の放火未遂です」
「産婦人科に何か恨みでもあったのですか?」
「いえ、ありません。ただ、その産婦人科医院は人工妊娠中絶をやっていると聞いたもので、中絶は殺人だという教えに基づいて放火したのです」
「人工妊娠中絶は日本では認められている。違法でも何でもない。社会科の先生をやっていてそんなことも分からないのですか?」
「いや、神の法では明らかに殺人なのです」
その間、教頭が警察へ電話をかけている。
「○○警察ですか?実はうちの教員が家が島の放火と殺人をやったので自首したいなんて言ってるのですわ。そちらに半田という刑事さんはいらっしゃいますか?」
「今、半田に変わります」
暫くの沈黙の後、聞き覚えのある声が電話から聞こえてきた。
「はい、私が半田です。うちの教員というのは杉村先生ですね」
教頭は驚きのあまり、しばし沈黙した。警察は既にこの教師に目星をつけていたのだ。そして暫くの沈黙の後、教頭は高鳴る鼓動を押さえて一言告げた。
「はい、そうです」
それから、二言三言くらい話した後、電話を切った。そして耕輔に向かって言った。
「今から警察が来るらしいわ。それにしても大それたことをやってくれたものやなあ」
校長が教頭を遮るように言った。
「今話を聞いているところや。それからどうしたんかね?杉村先生」
「はい。その後、幼馴染みのおかまを焼き殺しました。おかまは人類の敵です。この世はもうすぐ滅びます。おかまは地獄の火で焼かれるのです」
「君はLGBTを差別するのですか?この前の人権講演会をどのように聞いていたのですか?」
「あの講師は人類の敵です。ソドムとゴモラがなぜ滅ぼされたか校長先生はご存じですか?」
「宗教的なことはわかりませんが、では、あなたの宗教ではおかまは焼き殺せと言っているのですね」
「いえ、そんなことは言ってません。私の一存でやったことです」
「教頭先生、こりゃ確信犯やなあ。大変や」
「はい」
校長は続けた。
「神社仏閣も放火したのですか?」
「はい。敵の偶像崇拝者先覚寺を放火しようとしたのですが、未遂に終わりました。それから天御中主神社は見事に燃えました」
「こりゃあかんわ。教頭はん。この人頭おかしいで」
教頭が口をはさんだ。
「杉村先生。『頭がおかしい』と言われたのですよ。何か言うことはないのですか?」
「はい。人間の常識では狂っているでしょう。しかし、それは偶像崇拝者である日本人の方が狂っているのです。みんな狂ってます」
校長は目を丸くして言った。そして教頭も口を揃えて言った。
「狂ってる?」
そして暫くしてパトカーのサイレンが聞こえてきた。それが校庭に駐車したかと思うと半田と望月が降りてきた。体育の授業中だった生徒達が一斉にパトカーを取り囲んだ。そしてちょっとした騒ぎになった。
「おい。杉村を捕まえに来たぞ」
「杉ちゃん、何したん?」
「殺人や殺人。それから放火や。」
「え?あの杉ちゃんが?」
「すげー、こんなこと初めてや。」
「先生が人殺しか?」
それらの生徒達の声を無視して半田と望月がパトカーを降りた。そして生徒の一人をつかまえてまるで尋問するかのような口調で聞く。
「校長室はどこですか?」
「玄関を入ってすぐ左です。刑事さん、杉村先生が人殺ししたって本当ですか?」
「それはこれからじっくり調べるところや」
そう半田が言うと、真っ直ぐに校長室を目指して歩き始めた。
そして、校長室のドアを半田がノックする。中には耕輔に校長と教頭が待機していた。
「失礼します。杉村先生、罪を認めるのですね」
半田が尋ねるや、耕輔は頷いた。
「それでは殺人と放火事件の重要参考人として署までご同行願います」
耕輔は落ち着き払って「はい」と言った。
半田と望月が耕輔の手を取ると、耕輔は立ち上がって言った。
「刑事さん、手錠はかけないのですか?」
「自首している人間にそれは必要ないだろう」
「いや、かけて下さい」
耕輔がそう言ったので半田は手首を痛めないように静かに耕輔に手錠をかけた。そして、手錠の上を毛布で包んだ。すると、耕輔は言った。
「この毛布をどけて下さい」
「しかし生徒が見ているぞ。いいんか?」
「手錠をかけられたことによって彼らの間で駄目教師の僕は英雄になれるのです」
刑事達には耕輔の言葉の意味が理解できなかった。しかし、まもなくそれは了解されることになる。
手錠をかけられたまま耕輔が二人の刑事に脇を固められて玄関を出てくると生徒の野次馬が集まっていた。そこで、耕輔は手錠をかけられた両手を高らかに挙げた。
「生徒諸君、これが私の真の姿です。俺は殺人鬼で放火魔です。ありがとうございました」
生徒の数名がなぜか拍手をした。また、誰かが大声で叫んだ。
「杉ちゃん、帰ってきてね」
「俺は帰らないよ。死刑になるんだ」
そう耕輔は返した。まさに英雄気取りだ。
「早くパトカーに乗れ」
半田が促すと、耕輔を乗せたパトカーは署に向けて走り去って行った。
(十五)最終章・警察で
ここは警察署の取調室。耕輔は今までのことを全て話した。
「分からないことがまだ少しあるんやけどねえ。杉村。どうして幼馴染みの俊介を殺ったんや?おかまなんか大阪や広島へ行ったらいくらでもいるやろうが?」
「私は故郷の家が島を愛しています。そこにおかまがいるというだけでも許せなかったんです」
「とにかく、子安地蔵はハンマーで叩き割るという方法ですが、その他はみんな灯油が使われている。そこで私は犯人は同一犯と疑っていたのです」
「その通りです。灯油はガソリンスタンドへ行けばいくらでも手に入ります。風呂を沸かすための灯油だと言えば売ってくれます」
「まだ他にも分からないことがあるんやが、キリスト教徒というのはこんな過激なことをするもんなんですか?十戒には『汝殺すなかれ』と書いてある」
「いや。それはその通りです。アメリカには産婦人科医院を爆破したなんて過激な連中はいますが、日本ではそんなことはしません」
「そうでしょうなあ。私の親戚にもクリスチャンがいますが、そんなことはしないと言ってた。ところで、あんたはなぜクリスチャンになったのですか?」
「私は以前は来岩現正法というカルトで洗脳されていました。洗脳されると気分が楽で何か生きているという実感が沸いてくるんです。しかし、それに疑問を感じてからはキリスト教で洗脳されようと思ったのです」
「洗脳ってそんなに良いものなんですか?」
「刑事さん。洗脳はされた者しか分かりませんが、この世なんかしらふで生きていけないものなんですよ。この世の支配者はサタンですから。だから洗脳されると世界が変わるのです。オウムの連中もそうだと思います。それから、洗脳が解けてしまう時の苦しさが分かりますか?実存の崖っぷちに立って、それが足下から崩れていくんですよ。だから私には洗脳は必要悪だったんです」
「それでは、あなたはキリスト教に洗脳されたと言うわけですか?」
「その通りです」
「洗脳されたと思っているのなら、それが間違いだとは思わなかったのですか?」
「全く思いませんでした。なぜなら、日本人はみんな狂っているからです」
「狂ってる?」
書記をしていた望月が呆れたように言った。
「そうです。みんな狂ってます。石を拝んだり案山子のように運んでやらなければならない偶像を神だと思って崇拝したりしているのは狂っている証拠です。ホモやレズがはびっこっているのも狂っている証拠です」
「あなたは狂ってないのですか?殺人や放火を平気でやることが狂ってないとでも言うのですか?」
半田も呆れたように言った。
「私も狂ってました。だから自首したのです」
「自分が狂っているとなぜ思ったのですか?」
「昔の生徒に『間違っている』と指摘されたからです」
「負うた子に教えられたわけだな」
「そういうことになりますか。本当はキリスト教は地道に伝道して、間違っていることは間違っていると正していくべき道だったと言われました」
「まあ、私もそう思いますね。人殺しや放火では道は説けませんよ。よく分かってるやないか」
「今になって気づいたのです。ところで、僕は死刑になるのでしょうか?」
「それは司法が判断することだから我々には分からない」
「そうですよね---」
そして、大方の事情聴取が終わると、耕輔はおもむろに言った。
「ところで刑事さん。僕はもうすぐ運転免許の更新があるのですけどどうなるのでしょうか?」
了
(注・これは完全なるフィクションであって、本当のキリスト教徒は殺人や放火などしません)。
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