幼馴染みのおかまを殺す。

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幼馴染みのおかまを殺す。

(七)おかまは殺しちゃるけーのう  耕輔には幼馴染みの友人がいた。耕輔の村からほど近くの漁師町に住んでいる俊介である。彼とは幼稚園から高校まで一緒だったが、暫く音信は途絶えていた。小さい頃から二人はよく一緒に遊んだ。と言っても、男の子にしては珍しく、近所の女の子と一緒にお人形さんごっこやおままごとなんかをしていた仲である。なぜかソフトボールにもサッカーにも二人とも興味がなかった。その俊介は漁師になって朝早くから漁に出て、帰ってくると一寝入りし、それからゲイバーのホステスとして出勤するのだということは分かっていた。俊介の顔立ちも端正で、女の子と間違われることもあるくらいであった。否、そう言うよりも彼はメンタルは「女」そのものであった。漁師をしているというのが不思議なくらいで、漁師かゲイバーかどちらが本職か分からないほどであった。中学・高校時代の俊介は、よく「おかま」と言われて虐められていた。耕輔はそんないじめを止めに入ることもあった。そして耕輔の第三の刃は、その俊介に向けられたのだ。  「ごめん下さい、耕輔です。俊ちゃんはいらっしゃいますか?」  耕輔は幼馴染みの家なので何の遠慮もなく大声で言った。俊介の家は漁師町の真ん中にあって、家の両隣にも密集した漁師の家が並んでいる。だから初めて来た人が彼の家を探すのは至難の技である。しかし、ここでよく遊んでいた耕輔にとっては造作もないことであった。こぢんまりした家であるが、玄関はすぐにわかる。耕輔はもう一度叫んだ。「耕輔じゃ。俊ちゃんは居るかのう?高校以来久しぶりに夏休みを取って遊びに来たんじゃ」そう、時はお盆前の夏休みである。耕輔にとっても原口医院の放火以来久々の帰郷であった。  「まっちょれ、今出る」  俊介の声である。アクセントが少し違う。この漁師町には、町独特の方言があった。その方言丸出しである。暫くして俊介が玄関に姿を現した。そして漁師町の方言丸出しで言った。  「やー(お前)、耕ちゃんきゃ?久しぶりじゃのう。何か、学校の先生になったちい聞いちょったが、高校卒業以来かのう」  中から漁師らしく日焼けした俊介が出てくるかと思いきや、肌の白い昔のままの俊介が出てきた。髪を長く伸ばし、Tシャツにジーンズといういでたちであった。みんなから「おかま」と呼ばれて虐められていた頃と何も変わっていない。  「ああ、俊ちゃん。今夏休みなんじゃ。何か漁師しよるらしいのう」  「ああ、親父の手伝いや。それから夜はゲイバーに勤めちょる」   「ゲイバーか?俊ちゃんらしいのう。儲かるんか?」  「いや、こっちゃら(俺は)女装が趣味でのう。女装したら世界が変わるんじゃ。そりゃ面白いぞ」  「ふーん。で、いつ女装するんじゃ?」  「今からじゃ。ちょと待っちくれ」  そう言って俊介は小走りに奥座敷の方へ駆けて行った。そこには「おかま」の気配さえなかった。しかし、次の瞬間耕輔は我が目を疑った。  「着替えましたよ、耕ちゃん。これからゲイバーへ出勤よ」  言葉まで変わって出てきた俊介はまさに「ニューハーフ」であった。これならば大阪や広島へ出て行ったらいくらでも稼げる。耕輔はそう思った。長い髪にロングドレス、そして爪にはマニキュアが塗られ、得も言われぬ妖艶さを醸し出していた。  「お前のこんな格好初めて見た。でも綺麗じゃのう。女かと思った」  「私、でも男に興味はないの。ただ女装が好きなだけ。ホモじゃないからね」  「そうじゃろう、そうじゃろう。お前が男に興味あるなんて言うたら気色悪いわ」  「でも、お店には所謂ゲイもいるのよ。ところで話ってなあに?」  「まあ、ここでは話しにくいので、よくお人形遊びしてた倉庫へ行こう」  「わかったわ。まだお店には時間があるから」  こうして耕輔と俊介は並んで歩いた。倉庫までは百メートルほどである。誰にも見られてはいなかった。倉庫の重い扉を開けて、耕輔は言った。  「まあ、中へ入ろう」  「ええ」  そして俊介が先に中へ入るのを待ち構えていたかのうに、耕輔は俊介の肩を後ろから棒で思いっきり殴った。俊介はそのまま物も言わずに倒れ込んだ。実にあっけなかった。気絶しているようであった。耕輔は気絶している俊介の体を脇を抱えて重そうに引きずって行った。既に教室用の椅子とロープが用意されていた。  「おい、起きんか?このおかまが」  耕輔は俊介を完全に椅子に固定し終わると、彼の頬を平手で叩いた。俊介には何が起こったのか全く理解できていない。長い髪を振り乱して目が覚めたことを耕輔に伝えようとしていた。そして、ようやくして自分が捕らわれの身であることを悟ったようである。  「やー、何するんきゃ?」  言葉は完全に漁師の言葉に戻っていた。そして、縛られた手足を振り解こうと椅子をガタガタ揺らしながら毒づいた。  「やっと分かったようじゃのう」  耕輔は冷たくそう一言告げたかと思うと、棚からビーカーに入った液体を取り出した。  「これは硫酸じゃ。これをお前の顔にかけたらお前はもうゲイバーにも行けんようになるぞ」  「耕ちゃん、何するんぞ?こっちゃら(俺)に何か恨みでもあるんきゃ?」  「恨みなんかない。ただおかまを成敗せにゃならんでのう」  「何でじゃ?何で急にそんなこと考えるようになったんじゃ?」  その言葉を無視して耕輔は続けた。  「『女と寝るように男と寝てはいけない』とレビ記十八章に書いてあるんじゃ。神さんが言うとるんじゃ」  「こっちゃらは男と寝たりしてないぞ。女の格好が好きなだけじゃ。それに神さん言うてどこの神さんじゃ?」  「我らの主じゃ」  「何を分けのわからんこと言うとるんじゃ?はよ解け」  「『男は女の服を着てはならない』とも申命記二二章に書いてある」  「何言うとるんじゃ。それなら歌舞伎役者はどうなるんじゃ?」  「地獄行きじゃあ」  「そんな無茶な。お前こそ傷害罪で刑務所行きじゃぞ」  「傷害罪でない。殺人罪じゃ。ここに灯油がある。後でこれをお前にかけて殺しちゃるけー。楽しみに待っとけ。」  そう。耕輔は人が殺されるところを見たかったのだ。それは幼少時より抱いていた夢であった。幼い頃は近所の山で犬を殺した。その犬がキャンと言って死ぬ様を見て勃起していたのだ。とうとう人間を殺す時がやってきた。  しかも、その上に耕輔はキリスト教ファンダメンタリズムに洗脳されている。おかまは人類の敵だと本気で思っていたのだ。この好機を逃してなるものか。今目の前におかまがいる。さあ、殺すんだ。 そんな「内なる悪魔」の声、否耕輔にとっては神の声が聞こえてきたのだ。    平然と言い放った耕輔を恐れて俊介が言葉を発した。  「こ、殺すんか?何でじゃ。友達やと思うとったのに。こっちゃらが女の格好してるだけで殺すんか?」  「ああ、そうじゃ。それからおかまに友達はおらん。お前はソドムとゴモラが何で滅ぼされたか知っちょるか?ホモの町やったからじゃ。ホモは今に天罰が下る」  「天罰が下るのはやー(お前)じゃ。お前学校の先生じゃろ。LGBTを差別するんきゃ?」  「そうじゃ、するんじゃ。この前もうちの学校にジェンダーがどうのこうのとぬかす講師が来てお前と同じようなことを言うちょった。気色の悪い」  そう言って、耕輔は机の上に置いてあったビーカーを手にした。  「や、やめてくれ。わしゃー、お前だけは分かってくれると思うちょったんじゃ。こっちゃらがおかまおかま言われて虐められていた時も耕ちゃんはかばってくれたじゃないか。何でこんなことする?小さい時も君江ちゃんや祥子ちゃんといっしょにおままごとしよったじゃないか。やーもこっちゃらもソフトボールもサッカーもせんと女の子の遊びしとったじゃないか」  「そんなことは忘れた。今から気色の悪いおかまに制裁じゃ」  耕輔はビーカーの硫酸を俊介の顔にぶちまけた。瞬く間に顔が溶けると思いきや、皮が先ずめくれて見られないような顔になった。  「うぎゃーーー。熱いどー。やー、殺す気か?熱い。助けちくれ」  そんなことは一向に意に介せず、耕輔は灯油の入ったポリタンクを両手で持ち上げながら言った。  「冥途のみやげに教えちゃる。米田村の子安地蔵も原口医院もわしの仕業じゃ。今度はお前じゃ」  「助けてくれ。誰にも言わん。聞かなかったことにする。じゃから助けてくれ」  「じゃかましいおかまじゃのう。観念さらせ」  そう言ったかと思うと、耕輔は重そうに持っていたポリバケツの中身を俊介の足下へぶちまけた。そして、ポリバケツが軽くなると、残りの灯油を俊介の頭からかけた。顔をやられている俊介は痛そうに顔をしかめる。そして言った。  「後生じゃ。助けちくれ。命だけは助けてくれ。友達じゃないか?なあ、もうゲイバーも辞める。漁師に専念する。じゃから助けちくれ。わしなんか殺さんでも大阪や広島へ行ったらいくらでもおかまは居るじゃろうが?何でこっちゃらを殺すんじゃ?」  耕輔は無表情であった。この島におかまがいる。それだけで許されることではなかった。俊介は続けた。  「この野郎。ゲイバーにはヤクザも来よっとんぞ。お前なんかこのヤクザに一言言えばどうなるか?」  「そうか。そりゃ益々殺さにゃならんのう」  耕輔はポリタンクを空にすると燐寸を擦って油の中へ投げ込んだ。  「うぎゃーーーーー。熱いどーーーーーーー。こんき○がいがーーーー。」  椅子に固定されたまま俊介は焼かれる。それを耕輔は楽しげに眺めていた。「これが人間の死ぬ瞬間なんだ」そう思うと胸が小躍りした。そう。耕輔はこの瞬間を待っていたのだ。  俊介は灼熱地獄で焼かれながら阿鼻叫喚、そしてそのうちに徐々に静かになっていった。  俊介の呻き声を尻目に耕輔は倉庫を後にした。出口で一言俊介に告げる。  「おかまちゃん、あの世でも焼かれるんじゃな。それじゃあな」   (八)疑惑  この事件に警察は本腰を入れて動き始めた。何しろ、小さな島では滅多にない殺人事件だから当然である。それとともに俊介の葬儀も執り行われた。耕輔は何食わぬ顔で葬儀にも参加した。俊介の父親が涙ながらに訴える。  「あの子は女の服を着て変わった子じゃと思うとった。でも、何も殺すことはなかろうに。誰が何の恨みがあってこんなことしたんじゃろうか?それにスカートを穿いたまま殺されるとは、あの子も因果な子じゃ」  耕輔に焼香の順番が回ってきた。普通、キリスト教徒は焼香をしない。しかし、耕輔の犯行が疑われたらいけないので、耕輔は焼香をすませた。そこへ俊介の父親が話しかけてきた。  「耕ちゃんかのう。本当に不憫なことじゃ。俊介のために来てくれたんか?」  「はい、そうです。でも殺されるとはねえ。ご愁傷様です」  「ほんまに犯人が憎いわ。でもおかまの格好で殺されるなんてのう。耕ちゃんどう思うきゃ?」  「いや、私は俊ちゃんの性癖をよく知っていたので、本当に可愛そうやと思います」    その頃、刑事の半田警部補はこの事件の背後関係を捜査していた。確かに俊介にはヤクザの知り合いも多く、ゲイバーの客なんかをあたってみたのだが、いずれもアリバイがあった。捜査は難航した。そんな中で半田は、長年の刑事の勘から原口医院の放火と子安地蔵、そして俊介殺しには何か共通点があるように考えていた。否、もしかしたら同一犯の犯行かも知れない。双方ともに宗教的背景があるようである。ムスリムは偶像を嫌うしゲイも嫌う。原口医院も脅迫状は同一人物と考えられる。しかし、この小さな島にムスリムなんかはいない。いるとすれば本土の人間か?しかし本土の人間ならばなぜ、こんな島を狙ったのか?  こうして、半田の捜査の手は島の人間で宗教的背景を持った者に絞り込まれていった。  そして犯行声明のあった先覚寺と米田神社に犯人が必ず立ち寄ると見た半田は徹底的にこの両寺社をマークすることになった。そんな折、米田村に耕輔という変わった若者がいることを駐在から聞きつけた。そして、耕輔は半田にマークされることになった。    そしてある日、本土の耕輔のアパートに半田が尋ねてきた。半田は耕輔の部屋を確かめると、呼び鈴を鳴らして言った。  「杉村先生はいらっしゃいますか?県警の半田と申します」  休日で眠っていた耕輔が眠い目をこすりながら出てくる。  「警察の方が何の用事ですかいな?」  半田は耕輔が開けたドアを片手で大きく開け、言った。  「家が島のおかま殺人事件で聞きまわっているんですが」  「おかまって俊介のことですか?どうして私に?」  耕輔は心臓が高鳴るのを覚えた。さすがは日本の警察だ。もう目星をつけたのか?しかし、こちらはアリバイ作りも完璧だし、第一、俊介殺しと子安地蔵や原口医院のことを関連づける奴なんかいようはずがないと思っていた。  「いや、心当たり全員に聞いているんです。お手間はとらせません。ところで先生はキリスト教徒ですか?」  一瞬、耕輔は言葉につまりそうになったが、一呼吸置いて冷静を装って尋ね返した。  「はい。そうですが。それが何か?」  「いや、私も聖書というものを少し調べましてなあ。そしたらホモやレズに対してあまりよく言ってないようなので」  「じゃあ、私が俊介を殺したとでも---」  「いや、そう言ってるわけじゃないんです。ただ、彼を殺す動機が全くわからないんで」  「私にもわかりません。ホモなんかは大阪や広島へ行ったらいくらでもいます。なのに俊ちゃんが殺されて。全く可哀想なことやと思ってます。幼馴染みだったものでねえ」  「そうですな。ところで先生。お盆前の8月12日の正午にはどこにおられましたか?」  「ほほう。私のアリバイですか。私は病院で母の看病をしていました。母が癌なので」  「そうでしたか。お気を悪くしないで下さい。一応仕事なもので」  「分かっております」  そう。耕輔はアリバイ作りのために先ず母の見舞いに出かけ、母が眠っている間に犯行を行ったのだ。この母は十月に亡くなってしまう。その臨終の際、母親は耕輔に告げた。  「耕輔、お前の信仰じゃからどうのこうの言わんが、妙なことはするんでないぞ」そう、この母親は原口医院の件も子安地蔵の件も俊介の件も耕輔がやったことに気づいていたのだ。しかし、死人に口なしである。この母が死んでしまえば誰も疑っている者などいなくなる。アリバイ作りは完璧だったんだ。そう耕輔は考えていた。  しかし、半田刑事は甘くなかった。次に半田が発した言葉に耕輔は一瞬足が震えるのを止められなかった。  「ところで先生、子安地蔵のことも知ってますねえ。あの時、どこにおられたのですか?」  心臓の高鳴りと足の震えを悟られまいと、耕輔は深呼吸し、間をおいて答えた。  「ああ、知ってます。あの時は家族と一緒に紅白を見てました」  「ふーん。とにかく先生が家が島にいらっしゃった時に犯行は起こっているんや」  耕輔はこの刑事が怖くなってきた。足は益々震えだし、冷や汗が頬を伝った。  「そうですなあ。でも母の病気などで私は最近はよく実家に帰っていたもので」  「それから、ゴールデンウィークの前にも原口医院へ行きませんでしたか?」  「あなたは何を言いたいんですか?まるで私が犯人のようですなあ。それに原口医院と俊ちゃん殺しと何か関係があるのですか?」  「いや、すみません。これも仕事なので。ところで、このワープロで打った脅迫文も心当たりありませんか?」  「そんなものワードで打てば誰でも作れるでしょう。気分が悪くなってきた。捜査はどこまで進んでいるんですか?」  これは耕輔が最も聞きたかったことである。ぽろっと本音が出てしまった。まずい。しかし半田は何もなかったように続けた。   「先生はダイングメッセージを知ってますかな?いや、おかまさんは油のついた指で『K』と書いてあったんですわ。これはイニシャルかも分かりませんし、何か犯人に行き当たるのではないかと思って聞いてみたんですわ」  「確かに私は『耕輔』でイニシャルはKですけど、イニシャルがKなんて人間はいくらでもいると思います」  「そうですか。いや、それ以外捜査は全く進んでいません。迷宮入りかもわかりませんなあ」  耕輔はそんなダイングメッセージのことなんかは知るよしもなかった。しかし、すでに警察が目星をつけている。これはまずい。余りのことに耕輔は膝ががくがく震え、声が裏声になりそうなのを押さえてまた深呼吸した。疑っているのはこの半田とか言う刑事だけだろうか?捜査が全く進んでないなんて本当なのだろうか?  「とにかく早く犯人を捕まえて下さい。俊ちゃんが可哀想ですわ」  「分かりました。警察としても全力を尽くします。お手間をとらせました」  この半田はいつも二人で動いていた。若いもう一人の刑事と一緒だった。望月という刑事であったが、なぜ半田が耕輔を疑うのか分からなかった。望月から見れば耕輔はただの好青年であった。  帰りに半田が望月に告げた。  「おい、どう思う?あの態度。明らかに震えていたぞ」  「いや、私にはそうは見えませんでしたが---。いつもの勘ですか?」  「まあ、今は勘以外の何もないが、必ず尻尾を捕まえてやる」  「何か、かなりの自信で彼を疑っているようですねえ」  「ああ、まあな」  そうして耕輔はしばらくは犯行から身を引くことにした。先覚寺も米田神社も自警団が動いているし、警察も来た。これは急いだら犯行がばれる。そう思って暫くは実家には帰らなかった。  しかし、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって、翌年から次の犯行の計画を練り始めた。そして、ターゲットの先覚寺と米田神社に怒りの鉄拳が降りることになる。
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