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AM5:15
同じコロニーのひとけのない住宅街の広大な区画を、同じ顔をしたマンションタイプの地球圏国家連合統合軍官舎が、群れを成し一帯を占有している。
明りのついていないリビングに男が一人、ソファーの背もたれに身体を預け静かに座っていた。
チッ、チッ、チッと時計が秒針を刻む音だけが、やたらと目立つ。
窓にかけられたブラインドの隙間から差し込むうすぼけた太陽光は、規則正しいペースで右から差し込み左に消えていき、家具や家電、大柄な男のよく絞れた筋肉質な体躯と、肩まで伸びたブロンド、精悍な顔の陰影を左から右に伸縮させている。
地球圏国家連合統合宇宙軍の薄いワイシャツを着たその男は、ソファーに座り、正面の一点を瞬きもせずにじっと見つめていた。
あまりに身動きがないので、一見ソファーに座ったマネキンか、電源の切れたアンドロイドのように見える。
片耳を塞ぐイヤフォンから電波障害の雑音に紛れた
<1.3.9..14..45....5.5.8.5.ティ.パーテ..は..開.し.さる.9.4...7.ジャ.ミ.ン..ィー.は..かがかな>
<153..81..3...12.5.......5.テ....パー..ィ.は....................34...7.ジャス.ンティー...いかがかな>
<.53....――>
一定の間隔で、繰り返しテキストを読み上げる、合成音声に聞き耳を立てている。
「俺は紅茶など飲まん」
男は一度鼻で笑う。
それだけ言うと腕時計を確認し腰に差したP-19軍用オートマチックハンドガンをおもむろに抜いた。少しスライドを引き、弾丸が装填されていることを確認すると安全装置をかけてスッと立ち上がる。
再びハンドガンを腰に差し、その膨らみを隠すようにオリーブ色の軍服のブレザーを羽織った。
中尉の襟章のゆがみを手早く直すと、リビングの隣室のドアの前に立ち、ドアノブをひねり薄く中を覗く。
シックで大人びた木目調の家具や雑貨、壁にかかったデニム地のカジュアルなワンピース。
チェストの天板にはピンク色のクマのぬいぐるみといくつかのガラス製の写真たてに飾られた、友人や母の写真。それと壁にぴったりと付けて設置された勉強机。
ブラインドカーテンから差し込む、うすぼけた太陽の光が、右から左にそれらを照らし出しその影を伸ばしては縮める。
その窓際には密閉された就寝用のベッドポッドが一台設置されている。そのハッチを構成する強化ガラス越しに、16歳の娘が静かに寝息を立てるまだあどけない横顔が見える。
迷いと言うものをこの男は感じたことがなかった。
何が「自分にとって、自分たらしめ、またいつも結果としてそのように感じ、決断する自分とは一体なにものなのか」を吸って吐いた呼吸と同じ数だけ考え続け、実行してきた。
例えば、ある時までの男にとって他者のことを考えるということは、自分のことを考える事と同義であった。
他者を通して自分を見つめ、自分がどう感じどのように判断するのかこそが、男の最大の関心ごとの中心であった。
他者がそこに入り込む余地はなく、他者と言うものは――自分がそう感じ結果として決断するに至るための――材料に過ぎない。
自分の感性と感覚だけを頼りに、ドラスティックに全てを決断してきた。
ゆえに他者よりも段違いに、獣のように強くあり続ける事ができた。
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