夜明け(4)

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 ディアナ=サーストン大尉は一度グッと唇を引き結び、フットペダルを一気に踏み込んだ。コックピットシートに凄まじい力で押さえつけられる身体。正面に捉えたデブリ群がぐんぐんと加速しだし、その距離を縮めて来る。  彼女は、自らの視点をデブリの隙間を縫うイメージでキョロキョロと移動させる。  ヴァンダーファルケの宙間姿勢制御システムが、機体の各所に装着された超小型熱核融合エンジンと、装甲板に覆われた四肢を動かし機体のバランスを制御する。  アイトラッカーセンサーで追尾したパイロットの視点と、機体の正面軸を「0.0000001」秒以下のタイミングで同期、そのまま機体の進行方向を制御して、残骸のギリギリをかすめるように無駄なく飛行した。    コックピットには、”ビ……ビ…ビビ”と不規則な衝突警報ブザーと    ギャン! ビチンッ!  といった小さな部品が、外部装甲板に衝突して響く、高音とが重なって鳴り響く。    目まぐるしく変わる機体の進行方向と逆の方向に発生するG(重力)が、ナノカーボンファイバー製のケーブルで操縦席に繋がれた戦闘計画書や、彼女のフライトスーツに繋がる酸素供給ホース、ヘルメットの中で宙を泳ぐ彼女の前髪を上下左右へ力強く引っ張った。   彼女の体を、ピチッと覆うようなシルエットのフライトスーツは、激しく変動するGに応じ、腕部、大腿部の人工筋肉を膨らませたり、胸部の人口骨格を縮ませたりして、呼吸と脳への血流を確保できるよう、全身でコントロールする生物の様に動く。  ギ…ギギ、激しいGによって機体が軋む。  コロニーに予め備え付けてある、自律型防衛システムに連動した早期警戒システムも、バッジシステムと呼ばれる防空レーダー網も、幾百のセンサーも何一つデブリ群の中を超高速でかいくぐって向かってくる12機のセレシオンを捉える事が出来なかった。   “シュトゥリングルス! ビーム砲が来るっ!”  巨体を駆る彼女のイメージにそぐわない、透明感のある澄んだ、しかし芯のある強い声。  瞬間、全天周囲モニターの背後より一線が瞬く。デブリ群を一直線に蒸発させ自機を追い越すシュトゥリングルスが放ったプロトンビームが、まるで「数珠」のようにリング状にコロニーの外周囲に幾つも展張されていた、「アルティミス自律型対空レーザー迎撃砲」を、三日月形に赤熱化させて吹き飛ばした。  まるで、半分だけ食べかけのドーナツのようになったアルティミスは、遠心力が生み出す自重でリングの形状を維持できなくなり、バラバラに自転の外側に瓦解していく。     “こちらゴーストリーダー。アルファワン。  スコードロン散開。第一目標は、停泊している敵第2艦隊主力。敵セレシオンが発艦する前につぶすぞ”  ディアナが指示を出す。  両目がつながった漆黒の細いバイザーに宇宙の星々を反射させ12機のヴァンダーファルケが、各々に背部に装着していた増槽をパージし三機ずつのスコードロン(分隊)ごとに散開。  デルタ隊形を組んだ三位一体のスコードロンは、それ自体がまるで正三角形の新種の昆虫のように、隊形を維持しながらデブリ群をかいくぐり、ついにその厚い層を抜け出るとさらに加速してコロニーへと急速に接近していく。
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