脱出(3)

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脱出(3)

 コロニーの軸の近く、人口太陽の光が大きく迫る。  避難民をマニュピレーターに乗せたヴァンダーファルケは、ゆっくりと高度を上げていく。  軸の中心に近づくにつれ、重力が限りなく「0」に近づいていく。    眼下には厚い灰色の雲から見え隠れする、すっかり様子が変わってしまった街並みが、ばら撒いた米粒の様に広がっている。  コロニーの軸を貫く様に直線に伸びた、蛍光灯のような形の人口太陽の付け根に、ぽっかりと空いたメンテナンス口。ヴァンダーファルケの目前に迫ったその巨大な横穴は、数か所のエアロックを経て直接エントランスブロックまで繋がっている。 「はぁ。やっと、ここまで来れた‥‥‥」  肩を撫でおろすハル。緊張から解放されて少し疲れた笑顔をこぼす。 「よくやった! ハル偉いっ!」  ここぞ、とばかりに諸手を挙げてハルを褒めちぎるカスミ。  マニュピレーターに捕まる避難民が、各々に安堵する様子が開いたハッチから見えた。  左手をそっとクリップに挟んだ写真に重ねる。 「お母さん。ありがとうね」  ビビビィ―――!  緩んだ空気を断ち切って、突然鳴った警告音。  ビクンッと体が飛び上がる。 「え?――」  シュンッ――  と鋭敏に風を切った音がしたかと思うと、背中から黄色く尾を引く砲弾がヴァンダーファルケをかすめて飛んでいき、放物線を描いて人口太陽の付け根に命中して爆煙を上げる。  「グォッ」と短い突発音が後からやってくる。爆風を受けてグラリ、とバランスを崩しそうになる機体。熱風が開いたコックピットハッチになだれ込む。  「なにっ!?」  一瞬で緊張感を取り戻す。 <まずいわ。統合軍のセレシオンにボギーとして捕捉された!>  ヴィヴィが珍しく、緊迫した声を出す。 <メンテナンス口に避難民を、早く!> 「うん!」  フットペダルを慎重に踏み込んで、メンテナンス口に機体を近づける。  <当機を補足しているF-8Cに告ぐ。あなたが捉えているのは、民間人が操縦するセレシオンです。IFFをもう一度確認して、交戦規定を守りなさい> “女のパイロット? 今のは警告だ! すぐに機体を捨てて投降しろ! でなければ次は撃墜する!”  ズングリと重装甲の機体。まるで緑色の歩く砲台のようなその右腕に、装着された大きく長い砲身が、メンテンナンス口に漂うヴァンダーファルケを捉えている。  メンテナンス口までもう少し! 焦ってはダメだ! 助けた人たちが落ちてしまう!   “まさか? 逃亡するつもりか!? ならば撃墜する”   「ヴィヴィ!」  ジッとコロニーの軸上に浮遊を続け、ジリジリとメンテナンス口と距離を詰めるヴァンダーファルケを見ていたパイロットは、遂にしびれを切らした。  ビビー   ビビー     再び、さっきよりもけたたましく鳴り響く不快な警告音。咄嗟に、フットペダルを踏み込み機体を左へ流すハル。勢いでグラリと揺れるマニュピレーターのゴンドラ。必死に避難民たちがそれにしがみつく。巨大な指と指の隙間からは、真下に煙を吐き続ける小さな街並みが細かく広がるパノラマ。避難民の一人が「あわわ」足をすくめて震えあがる。  二発の砲弾が、ヒュビュゥゥ! と機体の右側をかすめ目前に迫るコロニーの内壁に命中し、爆発した。 「うううぅぅう!」  激しく振動するコックピット。補助席のカスミが恐怖に耐える様に、うめき声を上げる。  ハルは避難民をマニュピレーターからこぼさないように、機体のバランスを保つので手いっぱいといった様子だ。飛び散った岩石の破片がコスモブルー迷彩を施した装甲にカンッカンッと音を立ててぶつかった。  危険を感知した機体のセンサーが、自動的にコックピットのハッチを閉じて密閉する。 <スモークディスチャージャー・スタンバイ。発射っ!>  ヴィヴィが声を発すると、ヴァンダーファルケのスカートアーマーから、小さな花火がいくつも撃ちあがり中空で炸裂する。  ――パッパッパッパッ    連続して炸裂した花火から打ち出されたのは、無重力の人口太陽の付け根に濃く大きく広がって漂い、機体を覆いかくした白煙だった。 <今のうちに避難民を!> “クソっ。煙幕だと!?  本部! こちらロデオファイブ。応援を寄こしてくれ。一機やれそうだ!  コロニーの軸の近く。エントランスブロックの入り口だ!!”  長距離スコープで照準を定めた長砲身のライフルの射線が、煙に覆われて遮られる。  ライフルでの射撃をあきらめたF-8Cは、繁華街を囲む背の高いビル群の壁沿いに、背部と脚部のブースターを全開にして大きく高く上昇していく。ビルの屋上にあるヘリポートと最上階部分を、その鈍重な質量で勢いよく踏みつぶして着地すると、すぐさま態勢を整えた。 “ウェポンセレクト・ドラゴン”    パイロットが機体に命令をくだす。両肩アーマーに装着された、箱型のミサイルポッドの前面を覆うキャップが、内側から何かに押し出されたようにパコッと軽い音を立ててはずれ、ギッシリとすし詰めになった誘導弾の弾頭部が、箱の中から顔を覗かせてキラリと光を反射した。  
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