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咄嗟に体を固定していた安全ベルトをカチャカチャと解き放つと、揺れるシートから体を浮かす。横に座ったカルヴィン射撃管制員もマキタに肩を叩かれ、状況をようやく把握する。
”手伝います!”
薄暗い赤色の照明の中で、二人は手探りに低い天井に配置された、VLS発射コントロールパネルのアナログのつまみスイッチを探し当てた。
“VLS24番セル! 25番! 発射します! カルヴィン伍長、続いてそちらの26番を!”
オスカルスーツ越しでも手に余りそうな、大きく硬いつまみスイッチを一つ、また一つお互いの目線でタイミングを計りながらテンポよくひねり上げる。
”……どうだっ!?”
自らが放った誘導弾の束を、祈るような気持ちでマキタは送り出した。
天文学的なエネルギーを受け切った左舷正面のエンジンモジュールは、赤黒く変色し、そこからプラズマが生成した陽炎の様な揺らめきだけを、静まり返った漆黒の宇宙に晒している。
その静寂を切り裂いてイクリプスの船底より垂直下に放たれた青い光のイルミネーションが、次々にデブリ海の彼方へと進路を変更し、青色の光を十数本もの白い直線の束に変え、見えない攻撃艦に飛び掛かる。
直線的に飛翔する誘導弾は、プロトンビームがデブリ海の層を赤色に蒸発させて作り上げた道を、白線を引っ張り逆襲する。
***
“嘘だろ、耐えやがった!!”
狼狽したローズウッドの視界には、小さく開けられた強化ガラスの窓に垂直にはじけき飛ばされたプロトンビームの光の柱が煌々と屹立している。
“中佐――。飛翔体がビームの道をまっすぐ逆走してきます。基数不明っ!! 回避、間に合いません!!”
ザーガソンは肌どころか声色まで粟立たせた。
瞬時にその畏怖は艦内を大波の様に伝わり、シュトゥリングルスのシステムをリフューズさせ、その影響で警告を発した艦橋内は騒然とした空気に包まれた。
“マズい! 全速後退っ!!!”
ローズウッドの指示が、恐怖に慄く艦内を叱咤する様に走る。
”落ち着け! ユーシィ。まだ迎撃できる。個艦防御システムを展開! 一発も撃ち漏らすな! 総員衝撃に備えろ!”
クルー達は一斉に両腕で頭を保護し姿勢を低くし、核爆発に巻き込まれる衝撃に備える。
”くっそぉおぉお!!”
ザーガソンは一度声を荒げると、今度は両腕を前方に投げ出した。見開いた瞳は血走り、灼熱の赤眼はより一層強く光を放った。
力いっぱいに開かれたその両手の十ある指先は、シュトゥリングルスの自律防御対空兵装35mm多砲身航空機関砲の砲身である。
血走る電子の目が、デブリの海にぽっかりと開いた漆黒の穴を見据える。漆黒の宙にカビの様に増殖を繰り返す白の油絵の具で描いたような、瞬く複数の光点が次第に開いた穴を埋め尽くそうとしていた。
シュトゥリングルスの両舷の装甲をテンポよくひっくり返し、現れたのは多砲身機関砲だ。
左右両舷に五基ずつ、機関砲それぞれに独立した照準カメラとレーダーを備え、搭載した『MATRIX』の自己判断で最も脅威度の高い飛翔体から狙いを定め、高速で撃ちだす弾丸で誘導弾の信管を破壊し迎撃する。
シュトゥリングルスの最終防御装備である。
艦橋の強化ガラス越しに、ズンズンと巨大化する白点。
遮るデブリも見当たらず、まっすぐに向かって来る誘導弾の束を見て、ローズウッドは思わず逃げ出そうとする自分の体を、艦長席の背もたれに必死に引き留める。
彼には事の顛末を最後まで確認する責任がある。歯を食いしばり目線を白点から離さない。
一斉に艦首に向き直った10基の35mm多砲身航空機関砲がその六本のリング状に束ねられた砲身を激しく回転させと、全力のリバース推進で後退する艦首の前方に大量の弾丸をまき散らした。
接近する誘導弾に、それを迎え撃つ穴の無い弾幕、弾丸の雨が注がれる。
余談だが、高速で飛翔する物体を弾丸で落とすのは存外、難しいものである。
AIが制御し、毎分6000発の弾丸を撃ち込める多砲身機関砲であってもそれは変わらない。
例えるならば高速で飛来する細いマチ針の先端に、こちらからマチ針を投げて先端をぶつけて落とすくらいの高い精度が要求される。
この時、発射された誘導弾は全部で18発。その内のいくつかは、デブリ群に足をとられて自壊するとしても、残った誘導弾が10発以上であれば、その全てを迎撃できる事は『奇跡』と言っていい。
その弾幕と手数に物を言わせ、信管がセットされた座標より奥で迎撃できる薄い可能性に期待するほかない。一発でも、信管が作動すれば艦首から艦尾に至るまで、核の太陽に飲み込まれてしまうだろう。
一発……二発、三発、四、五と続けて、35㎜の弾丸が誘導弾に命中してはじける。
あと……あと、何発だ?
ヘルメットの中で飛び散った汗が、まつ毛に付着した。ローズウッドはそんな事お構いなしに、瞬き一つせずに曳光弾の行く先をじっと見据えている。
見据える曳光弾の光点の先、スゥッっとすり抜けた白い影があった。手前に抜け出た白影を、曳光弾の射線が追いかける。すると、前面に集中していた弾幕の密度が途端に目減りし、スルスルスルッとさらに複数の白影が、それをすり抜けた。
――!!。
大きく息を吸いこむローズウッド、覚悟を決める間も無かった。
撃ち漏らされた模擬誘導弾は、あらかじめセットされた座標地点、シュトゥリングルスの艦首を目前にして信管を作動させて派手に爆発した。
そう、文字通り『派手』に。
漆黒だった宇宙に、赤や青、黄色に緑と、まるでカーニバルの様な目立つ原色の液体を球状に、アメーバのように大きく広げ艦橋の視界を塞ぎ、艦首を飲みこんだのだった。
――!?
さらに迎撃され、信管を発動できなかった誘導弾も、弾丸が穴を開けて漏れ出た塗料の飛沫が慣性で直進し、そのまま透明なシュトゥリングルスに付着し船体をカラフルに染め上げた。
――弾頭じゃない?
呆気にとられたローズウッドは、艦橋の分厚い強化ガラスに、明るい黄色の塗料が付着したのを見て、そこではじめてハッとした。
“ブラフだっ!”
と、気づいた時には既に後の祭りであった。
その矢尻の船体は、創作意欲を掻き立てられたアバンギャルドな芸術家の透明なキャンバスの様だった。
美しい二等辺三角形の曲線を黄色や赤、青といった原色でくっきりと曝け出し、遂に赤くその光点を「三次元戦闘宙域戦略全天球スクリーン」に映し出してしまったのである。
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