夜明け(3)

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 ある時までは、確かにそうであったはずだ。  ここ10年、やたらと背中に違和感を覚えることがあった。  ある時、よくよく合わせ鏡で背中を確認した彼は、力強く宙を羽ばたいた片翼が、いつの間にかすっかりと枯れた観葉植物の葉の様に、羽が抜け落ち萎み腐臭をあげて朽ち果てているのに気付いた。  男は予期せぬ己の内からの変化に戸惑い、心の底から湧いてくる迷いを実感せずにはいられない。  ベッドポッドにスヤスヤと眠る娘の背中に、小さな翼が二枚生えているのを見る。 「身体がやたらと重いと思っていた。ハル、お前だったのか……」  まぁ、それも良いかと。  他者を心から許し、受け入れる事が出来る人間になるには少し時間がかかり過ぎた。  もうそんなに若くもない。  男は束の間、目つきを緩ませたが、すぐに気持ちを引き締め静かに扉を閉めた。  十六年連れ添った親子とは思えないほどに、あっさりとした別れであった。   「お前はお前で好きに生きろ。お前には、俺が与えられるものは全て与えた。  俺は人に願いを託さない。  願いなんてものは、託すものじゃない。自身で叶えるもんだ――。」    しかしながら強く後ろ髪を引かれる迷いを感じているのは紛れもない事実であった。  十六歳になる娘が段々と「彼女」に似てきている。  そう時を置かずにエントランスのドアを閉じる音が、居室とマンションのロビーに響き渡る。  彼は颯爽と車に乗り込むと、薄暗い道をヘッドライトに導かれながらコロニーの先端に向けてひた走るのであった。
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