プロローグ

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プロローグ

「託された願い、それぞれの旅路に込めて」 88b1d4b7-494c-466c-b218-95a6115d145d  宇宙。  そこが人類の新天地となって一世紀が過ぎた。宇宙で産み、育む。  人々の慎ましやかな生命活動は、地球にいたころの原初と何ら変わることのない日々の営みであった。  一方で、人々の営みにはどの時代にも「争い」がつきものであった。    過去を振り返り、その様であってはならないと自らを戒め、しかしそのようにあることに苦悩する。  人々の慎ましやかな営みが落とす影は、宇宙で交わる光と影のコントラストのように、より深く暗い禍根を残すのであった。  希望に満ちた宇宙世紀のはじまりは、あまりにも凄惨であった。  現在にまで至る、宇宙の民(スペースリング)と、地球に残った人々(アースリング)との対立は最初期の宇宙開拓時代。  新たな可能性を信じ宇宙に進出した人々に、絶望とその後決して克服する事のできないトラウマを植え付けた「死の半世紀」に端を発する。    初期の地球と宇宙を結ぶシャトル、コロニーの居住区。または、外宇宙を調査開拓する超長距離往還船はいずれも、人が宇宙に居住する環境としては、あまりにも杜撰で脆弱であった。  超高速で飛来するスペースデブリ(宇宙ゴミ)と太陽が発する強烈な宇宙線の直撃に、耐え得る術を人類はまだ持ちえなかったのだ。    船体やコロニーの耐用年数は地球で想定されていた数十分の一を割り込み――想定を超える事故は日ごとに増え、急造品と応急処置ではとても間に合わず――管理できなくなったコロニーや往還船の多くを、そこに住む者達もろとも放棄した。  放棄を免れたとしてもその脆弱な環境下で、宇宙線に体を蝕まれた多くの人々は長く生きる事ができなかった。  日々、増え続ける人の遺体を処理した再生炉は、止まることなく稼働し続け、不足した大豆を主原料とする栄養素と組み合わせ、合成タンパクを作り出し再び人々の糧としていた。  五十年も続いた地獄のような時代を生き抜いた人々は、それを「死の半世紀」と呼んだ。  その後、段階を経てより軽く、強度のある金属を発見し、核融合エネルギー技術を飛躍的に進化させ、飛来するスペースデブリから居住区を守る。「人工知能」が制御する自律型防御システムを開発し、「死の半世紀」はようやく終わりを迎える。  この宇宙開拓黎明期から中期に至る五十年間あまりのトラウマが、地球圏国家連合の支配から抜け出し、恒久的に人々の住める唯一の大地――「地球」に帰還することを求めたスペースリングと、それを侵略だと捉え反発したアースリングとの間にその後、二十年間に及ぶ未曽有の争いを生むことになった。   「死の半世紀」を切り抜け、飛躍的な進化を遂げた科学技術を、今度は人々の争いの道具に転用する。    ――幾百の宇宙要塞、幾千の宇宙戦艦、幾万のCeresion(セレシオン)と呼ばれる人型兵器と、幾億もの弾丸と誘導弾、兵器として運用された小型小惑星を地球と宇宙にまき散らし。    百億の人々の命が百億の“願い”を巻き込んで散っていった。  後に「地球火星間戦争」と呼ばれる、その戦いの戦没者は全人類の実に70パーセントと言われている。  彼らの“願い”を託され生き延びた人々は「残された人々」と言うにふさわしかった。  貧困、暴力、飢え、が休戦協定後の十年を覆いつくし、その後の十年を再生、再興、再建が埋め尽くす激動が「残された人々」を振り回した。    しかしながら、彼らに託された“願い”に対する思いは、そんな激動にさらされながらもいまだに重さを失わない。  まるで井戸の底に取り残されてしまい、塞がることのない傷と焦燥感だけを胸に「残された人々」に呪いの様に付きまとう。  そこから始まる新しい十年は、託された願いに対する残された者たちの「清算」という言葉がふさわしいのかもしれない。  願いと共に人は旅に出る。  新しい宇宙世紀がここからはじまる。
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