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メンテナンス口の縁に、マニュピレーターを降ろし広げると我先に飛び降りた避難民たちが、蜘蛛の子を散らしたようにバラバラに穴の奥に逃げていく。
最後にマニュピレーターから飛び降りた一人の青年、ヨーゼフがスッとこちらに振り返ると、姿勢を正し閉じ切ったコックピットに向かって深く、大きく頭を下げた。
「そんなのいいから。早く逃げなさいっ! 声の大きい人」
ッビ! ッビビビーーーーー!!!
「――はっ!」
『MISSILE ALART』と不吉に赤く光るテキストが、頭を下げる青年の姿を隠すように、全天周囲モニターに警告音とともに浮かびあがる。
<小型誘導弾群接近!! 防御じゃ間に合わない! 出力全開!
高度2500まで上昇。太陽を盾にバレルロールで回避!!>
「カスミ! 歯を食いしばって舌をかまないようにっ!!」
頭を深く下げ続ける大きな声の青年から、後ろ向きにぐんぐん距離を離すヴァンダーファルケの巨体。やがて頭を下げる人影を、濃い白煙が呑みこんでその姿を見る事ができなくなった。
「ハル! ハルッハル! ハル! ハル‼ ハル! ハールー!!」
唐突に、狼狽したカスミがコックピットシートにしがみつく。
「後ろから! ものすごい数のミサイルッ!! ――い゛だぁっ!」
後ろ向きの補助席で青ざめたカスミが、機体が急上昇したあおりを受けて舌を噛んだ。その視界には厚い雲を突き抜けて白い糸で放物線を描く無数の弾頭が、凄まじい速さで距離を縮めて追いかけて来る。
思いきり踏み込んだフットペダル。出力全開で高度を上げる。バリオメータの数字がぐんぐん伸びていく。
<1900 2200 2500 今よ!
バンク角25°! ロールッ! ロールッ! ロールッ!>
コロニーの中心軸を走る人工太陽の輪郭をなぞるように、ハルはその目線を素早く流す。
ギギギギッィィィギギギ‥‥‥
高速バレルロールが生み出すGが、四肢を引きちぎりそうな勢いで機体に襲い掛かり、その関節からは不気味な悲鳴があがる。フライトスーツの補助を受けていないハルは、意識を失わないように息を大きく吸い込み、歯を食いしばって太ももに思いっきり力を込める。下がる血流を脳に留めようと強力なGに抗う。
人口太陽の表面ギリギリを螺旋状に、なめるように飛行する。機体を覆うセレジウム複合装甲が、高熱の人工太陽の光を間近で受けて青い迷彩塗装を剥がしながら、剥き出しになった赤色を眩しく発光させた。
白い尾を引くミサイルの束は、人工太陽の陰に隠れた目標を消失しそのまま直進すると、人工太陽を構成する無数の灯体に突き刺さり空中に細かいガラス片を散乱させた。瞬間、巨大な爆発を引き起こす。
――ドォオオオン!!!
コロニー全体を内側から照らしていた人工太陽は、ジ、ジ、ジジ‥‥と数度、瞬電を繰り返しその機能を停止する。唐突な夜が内壁を包んだ。
三つある陸から、無数にコロニーの中心に向かって立ち昇り滞留する黒色の雲が、その根元の炎の色を受け、不気味にテラテラと鈍いオレンジ色に反射して浮き上がる。黄色く光る曳光弾の列が、そこらかしこで街中を高速で行きかい、また新しい黒色の雲を生み出した。
縦に走る三本の河には、その分厚いガラス面に街の炎や爆発が反射してオレンジ色にうごめき、見たことのない表情を作り出す。
それらの風景が、クルクルと同心円状に回転するコックピット。
爆散を逃れた小型ミサイルが暗闇の中を2機、光を失った人工太陽の表面を飛行する、赤く光る目標をジリジリと追い詰める。
<しつこいわねっ! ウェポンセレクト・ガン!>
ヴィヴィが、ヴァンダーファルケのメインシステムに搭載されているAIより早く、機体の制御に介入する。
進行方向を見据えていた頭部が、ギュイン! と俊敏に180°回転すると、黒いバイザーの上部に空いた二つの穴から、2門の20mm航空機関砲を接近するミサイルに向けて発射する。
ヴォオオォオォオッォォォォォオオオオォォ
誘導弾接近の警告音に割って入る、長く尾を引く発射音が、装甲を伝いコックピットに流れ込んでくる。何百発もの弾丸をほんの数秒の間にばらまき、そのうちの何発かが2発のミサイルに直撃、短く火花を散らす。
ヒュル、ヒュル、と軌道を逸らした二本の白い茎の先に、巨大なオレンジ色の花を咲かせ全天周囲モニター越しに気絶したカスミの目と鼻の先で爆発した。
新たに空中で巻きあがった巨大な炎が一瞬、暗闇に覆われたコロニーの内壁を明るく照らす。
「見えたっ!! ビルの屋上にいるヤツかっ!?
反撃しないと! 何か武器はないの? ヴィヴィ!」
長いブロンドの前髪を逆立てるハル。
<ダメッ! 落ち着いて、ハルちゃん。
カスミちゃんと重傷のパイロットを乗せたままでは、戦えないわ!>
眼下のビルの屋上からこちらを狙う、砂粒ほどの機影をキッと睨みつけた。
“あのタイミングで回避できるのか!?”
地上ではパイロットが、ライフルの照準で再びヴァンダーファルケを捉えようと躍起になる。
ピッピッ
ピッピッ
右に左に、複雑に回避運動を繰り返すズングリとした機影を、何とか照準に収めようと追いかけるパイロットの目線。
ブッブブッーーーーー!
次の瞬間、コックピットに鳴り響いたのは、ロックオンを示すアラームではなく、回避を指示するアラートであった。
“え? 何?”
グボッ!
コックピットの背後から突き破られたように散乱するパイロットの体。
ボグン!
一回、二回、と激しくコックピットをノックして全天周囲モニターに穴を開けていく。
ドゴン! ドンッ! ドンッ!
鈍い音をたててビルの屋上で微動だにしないF-8Cの背部熱核融合エンジンを、薄暗い夜を裂いて高速で飛来した黄色い曳光弾が貫き、その背中に黒く空虚な穴を一つ、二つ、三つ。グラリとバランスを崩し前方に倒れ込んだ機体は、うつ伏せに屋上から滑り落ち、ビルの壁面をこすりながら頭から地面に激突した。
――ピーピピ
独特のコール音が、静寂を取り戻したコックピットに鳴った。
“ブラヴォースリー。こちらブラヴォーワン。応答せよ。
ブラヴォースリーどうした。応答せよ‥‥‥”
恐らく、今の支援射撃でビルの上にいたヤツを仕留めた、この負傷したパイロットの仲間だろう。
ノイズ交じりに、コロニー連合軍の通信が舞い込んできた。
<チャンスよ。今のうちに脱出しましょう>
ハルは、赤く装甲がさかむけたヴァンダーファルケをコロニーヘッドへ振り向けた。
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