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右手の人差し指をピンと立て、ザーガソンの目前に差し出したローズウッドがそれを遮る。
「――10年」
台詞が続く。
「この作戦には、準備期間だけでもそれ以上の年月をかけている。
このシュトゥリングルスも、このためだけに開発され建造された」
ローズウッドは、ザーガソンのヘルメットをグっと手前に引き寄せ、自分の瞳を見ろと言わんばかりに一気に顔を近づけた。
お互いのヘルメットが、コツンと音を立ててぶつかる。
聞き分けのない子供の相手をする様に、ローズウッドはザーガソンに対して時々このような話し方をした。
優しさと厳しさ、そしていつもの愛嬌が混じったような、複雑な青色の瞳。
――卑怯だ。
と、ザーガソンは思う。
いつも、私の意見はこうしてやり込まれ決してこの人には届かない。
――私はただ……
ローズウッドのその瞳が、ザーガソンのすべてを見透かしたように明るく光を反射し、細かく左右に揺れる。
ドッと自らの鼓動が、高く脈打つのをザーガソンは感じた。
このような艦長と副艦長のやり取りは、訓練中のシュトゥリングルスの艦橋内では度々起こった。
その度に艦橋内の他のクルーは皆、「聞こえぬふり」で聞き流すか「見て見ぬふり」をして気まずい空気を内に溜めこむ努力をしなければならなかった。
それはローズウッドとザーガソン、艦の絶対の「両輪」への信頼の証左という側面ももちろんあったが、二人の間に時折垣間見える艦長と副艦長と言う役職を超えた特別な雰囲気が、他のクルーにそこに割って入ることを許さなかった。
「私を信じろユーシィ。
我がコロニー連合国家の地球帰還作戦の最初。その一番槍が我が艦シュトゥリングルス。
そしてそれを援護するのが、旗艦バーリンゲン率いる第5艦隊だ。
こんな派手で盛大なティーパーティーに招待状を持った戦艦乗りが参加しないはずがない」
「……言われなくても、信じてますよ」
「よろし! さぁ、そろそろ時間だろう。
いつもどおり気を引き締めて、仕事に取り掛かるとしようじゃないか」
心配いらんと言わんばかりに、「ポン」とザーガソンのヘルメットを軽くたたく。
自らの顔面に熱を帯びるのを感じる。全てを見透かす瞳から思わずザーガソンはその顔を少しそむけた。一瞬の間が30秒くらいの沈黙に感じた。
“ブリッジへ。こちらCDC。
当艦は予定通りポイントαを通過した。繰り返す。当艦は予定通りポイントαを通過。パーティー会場まで距離。1万5000、4800、4600。1万4400”
CDC(Combat Direction Center=戦闘指揮所)から艦橋に、アナウンスが流れる。
ローズウッドは、ニィっと悪戯好きの子供のように唇を吊り上げヘルメットを引き寄せていた腕の力を緩めた。
ふわりとザーガソンの体が宙を舞う。
ガチッ!
突然、ブレーカーが切り替わる音が艦橋内に響くと、薄暗かった艦内の照明が下品な赤色のLEDライトに切り替わる。
それを合図にクルーたちは各々自らが着込んだオスカルスーツのヘルメットバイザーを下げて密閉し、無線とスーツの機密チェックをはじめだした。
“全クルーに通達! 第一種戦闘配備。繰り返す。第一種戦闘配備!
気密隔壁閉鎖開始。終了と同時に減圧用意。
各員オスカルスーツ各部の確認を、再度徹底するように!
セレシオン搭乗員は、速やかに所定の場所で待機せよ!”
ザーガソンが動揺を隠すように捲し立てる。
“こちらブリッジ。艦長のローズウッドだ。 これより【オペレーションティーパーティー】を開始する。
優秀な諸君らの奮闘に、心より期待する! 以上だ”
ローズウッドのアナウンスが、全クルーのヘルメット内部に仕込まれたヘッドセットのスピーカーを震わせる。
「CDCに降ります。中佐……どうかご無事で!」
ヘルメットのバイザーを閉じたザーガソンが、ローズウッドにビっと敬礼して踵を返す。
「おう。おまえもな」
ローズウッドはそれに短く答える。
ザーガソンは、CDCに繋がるハッチをスルリと頭からくぐり、手すりの緩衝材を手繰りながら、オスカルスーツのバイザーに投影されるHMD(Head Mounted Display=頭部装着型多機能ディスプレイ)に走る艦内のステータス情報を目で追っていた。
まだ心臓の高鳴りを感じている。赤いLEDに感謝した。
赤面した顔を隠すにはちょうどいい。
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