脱出(4)

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主砲(リニアレールガン)よーい。目標No.5コロニー外縁部。敵セレシオン”  第2艦隊巡洋艦「マルセイユ」は、残った2隻の駆逐艦を従え戦闘宙域に突入した。 “全艦「マルセイユ」に続け! 主砲発射と同時に艦載機は全機発艦! 敵セレシオンを叩き落せ!”    スペースリングごときが、虚仮にしやがって後悔させてやる。  「仲間の敵を討つ!」  躍起になった艦長の命令が血走った。 “初手で一機でも多くまきこめっ!! はずすなよ!”  勢いよく右腕を振り上げる。  「てーーーーっ」そう言い放ち、腕を振りおろそうと力んだ彼に水を差したのは、宙域観測班の緊急通信だ。 “デブリ群の向こう! 右舷より熱源接近!! 艦長っ!”    艦橋の右舷側の強化ガラスが発光する。右腕を振り上げたまま硬直する彼の横顔を真っ白に焼きつかす。   “あ・・・・・・”   直進したプロトンビームが、一瞬で「マルセイユ」の右舷側から左舷側を容易く貫き、液状化した巡洋艦がミルククラウンの様に飛び散って跳ねた。  ビームが過ぎ去った後には、艦首の一部と艦尾の先だけがそこに残され、まるで何事もなかったかのように静かに浮いていた。  ベイエリアに入渠しているイクリプスからは、少なくともその様に観測された。 “だ‥‥‥第2艦隊。巡洋艦マルセイユ‥‥‥。じょ‥‥‥蒸発。  駆逐艦「ウィントフック」と「エレバン」が交戦を開始しました”   改めて実感したプロトンビームのその威力に、CDCのクルーは皆、縮みあがりゴクリと喉を鳴らした。  イクリプスの暗く狭いCDC(Combat Direction Center:戦闘指揮所)には、砲雷長のマキタをはじめとした戦術オペレーターが十数人、内壁に向かい薄暗く点滅を繰り返すコンソールモニターにかじりつき、宙域の戦況を艦長室のホワードに逐一伝えている。  CDCは艦橋の真下に位置していて六方(上、下含む)を三重のセレジウム複合装甲で覆われている。  艦橋のように窓がないので外の様子を直接肉眼で確認することはできないが、イクリプスのセンサーやレーダー、友軍が捉えた敵や味方の情報を共有、統合してCDC中央に浮かぶ「三次元戦闘宙域戦略全天球スクリーン」に映し出していた。  艦橋がイクリプスの船体機能を司る中枢であるとするならば、こちらは戦闘機能を司る中枢と言ったところである。    敵と味方を区別する赤と青の光点が投射された天球スクリーン。  二つあるうちの一つの青色の光点が『LOST』の赤文字を残し、ピっと音を立てて消えた。   “エ‥‥‥エレバン。消滅”     ドッと押し寄せる恐怖が、CDCの密閉された空間を満たすのがわかった。 “CDCへ。こちらホワードだ。これより艦長室から指揮を執る。  お前ら! ビビってる場合じゃないぞっ! 生き残りたきゃ、頭と手を動かせ! マキタ砲雷長。ビームの発射点を割り出せ。攻撃艦はそこにいる。「ウィントフック」に座標点を転送してやれ”  やるべき事があるというのは、特にこういう場合において人に活力をあたえる。  もちろんホワードの命令はそれを意図している。実験艦イクリプスには各部門の最高のクルーが集まっていたが、そのパフォーマンスを引き出せなければ戦争には勝てない。  もっとも今回は「勝つ」のではなく「脱出」ではあるが、それにしてもあの見えない敵はヤバい(・・・)。  絶対の「自信」と、「確信」をあの敵からは感じとれる。そうでなければ、こんなにも堂々と、しかも単身で敵陣に踏み込み、あっさりと統合軍の防衛網を破る事ができるものか。  ホワードは一言目にも二言目にも、「ヤバい」としか表現できないものをその見えない敵から感じ取っている。  CDCの止まった時間が流れ出す。マキタは藁にもすがる気持ちで、忙しく手を動かし座標点を割り出すのに注力した。 “ブリッジ。ホン通信長へ。こちらマキタ! ビーム発射点。座標150.-20.364。座標点に弱い電磁波のひずみを観測した。このひずみに攻撃艦がいるはずだ”  マキタが座標点を割り出す。ホン通信長がそれを受け、   “ウィントフックへ。こちらイクリプス。  座標点150.-20.364付近に潜伏中の敵攻撃艦を探知した。反撃されたし!”  ウィントフックに座標点を情報として伝送する。 “イクリプス! こ‥‥‥こちらウィントフック”  ビヒュュュ!!!     ――ビシュュュュッ!!! ”もちそうにない! すまない。支援を要請したい”  ウィントフックからの応答に、舷側をかすめるビームの飛翔音が混ざる。 “はぁっ? バカ野郎っ! アイツらっ!! 艦内減圧してないのかっ?”  ホワードの問いに答えたのはマキタだった。 ”ホワード艦長っ! 第2艦隊のウィントフックは確か、練習艦だったはずです” ”なっ‥‥‥に!! ブリッジ、エヴァンズ。  イクリプス出撃だ! こちらから討って出てやる!” “はぁ? でもさっき「バカ」を囮にするって”  艦橋のエヴァンズが、狼狽し思わず溜口をきいてしまう。 “気が変わった! ウィントフックに攻撃が集中している今がチャンスだ。がら空きの側面から一撃加え、混乱に乗じて脱出する。上手くいけばウィントフックも救える” “りょ‥‥‥了解しました。アダム! 発進だ。全進微速。屑鉄を押しのけてベイエリアから出るぞ”  回せ(ゴー)回せ(ゴー)。エヴァンズの左手のジェスチャーをシートから身を乗り出し確認したアダムは、隣に座る副操舵手と目線を合わし、一度うなずく。強化ガラス越しの艦首に向き直ると操縦桿をその両手でしっかりと握りしめ、「よしっ!」彼は一度大きく気合を入れ、肩を上下させた。  ホワードは艦長室のカタパルトデッキを見下ろせる、まだ返り血のついた大きな強化ガラスに設置してある手すりに、手探りで救急バッグのベルトを巻きつけ、自分のオスカルスーツのハーネスに接続して体を固定する。 “アクティブカモ、オンライン。管制室、F-15Agを2機とも発艦させろ。カタパルトは使うな。イクリプスにぴったりとつけて直掩させるんだ。  それからマキタへ。ベイエリアの出口にスモークだ。タイミングは任せる。敵の目を遮れ”    ベルトに体重をかけ、耐えられるか確認しながら指示を出す。 “CDC、マキタ了解”  ”管制室。了解” ”タグライン・レッコ”  エヴァンズの掛け声で、イクリプスを支える十数本の係留索が船体の根本から切断される。ピンッと張られ、船体を支えていたそれらは一方の支えを急に失い、ベイエリアの内壁を鞭のように打ち付け、傷つけた。  イクリプスの8機ある大型熱核融合プラズマ推進エンジンに火が入る。平面装甲版で覆われた巨大な黒い塊が動き出す。剣の様に鋭い艦首がベイエリアに流れ込んだデブリを押しのけ、少しずつ加速を始めた。  黒から紫、紫から青、青から緑、緑からオレンジ、オレンジから赤と、目まぐるしく船体の色を変え、次第に明度を落とすと遂に透明になった装甲と大小デブリとが接触する、強烈な電磁界面に青色の火花を無数に散らしたのだった。
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