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“アクティブカモフラージュ!? こちらに向かって来るぞ! ミサイルの弾道から発射点を特定しろ! 接近を許すな!”
シュトゥリングルスの真横で破裂した太陽に、戦慄を覚えたローズウッド。大粒の汗が額から吹き出す。
“ユーシィ、頼むぞ。主砲リチャージだ。やはりあの艦長、かなりできる”
シュトゥリングルスのCDC。そこは部屋というよりも、人がやっと一人入れるくらいのスペースが確保してある、『MATRIX』と呼ばれるデジタル精密機器が隔壁を埋める攻防機能モジュールの内部である。
赤いLEDと複数のモニターパネルの光源が、まるで母体と臍の緒、血管やそれと複数の神経索で繋がった一つの人型を照らし出す。
『ユーシィ』と愛称で呼ばれた人型の人造有機体。正式名称は『EZ-330』、人としての名は『ユーシュエン=ザーガソン』という。
尤も、この人型は一つのモジュールを構成する二つあるうちの片割れであり、『MATRIX』と二つで一つの完結したモジュールを構成する。
この人型は人としての感覚を持ちつつ、シュトゥリングルスに人間の詳細なニュアンスと、感覚を正確に落とし込む謂わば『人と機械の架け橋』である。その為に『人』としてローズウッドに育てられた軍事用AIだ。
瞑った瞼が開かれる。ルビーの真紅を彷彿とさせる彼の瞳は煌々と光を放ち、電子と量子、陽子が飛び交う海を望む。同時に、ヘッドセットを振動させた音声には、安らぎ、懐かしさ、帰るべき自分の居場所、愛、恋慕と嫉妬から少しの切なさが頭をよぎる。
ジレジレと長く感じるリチャージの間隔は約十秒。戦場での十秒は途方もなく長く感じる。だからこそ、この一撃は絶対に外すわけにはいかない。
これで仕留められなければ、次はない。中佐の為にも必ず――。
彼のしなやかな両手は、コンクリートの様に硬直する。
その硬直の『意味』は光速で電子信号に変換され、直接シュトゥリングルスの戦闘情報中枢を制御する『MATRIX』へと送られる。
『絶対に外すわけにはいかない動機』を得たシステムは、有機的にその発射座標を割り出し、照準誤差を修正し、電子機器の誤動作をカバーするプログラムを組み上げるデジタル信号を、まるで音叉の振動の様に艦首艦尾に至るまで瞬時に響き渡たらせた。
“中佐、主砲のリチャージ完了しました――”
“ユーシィ、お前のタイミングでいい、やれるな?”
電子と量子、陽子が飛び交う海から浮上し、宙を見上げる彼の視界に飛び込んだのは何もない宇宙空間だ。
だが、何も見えない振りをしてソイツは間違いなくココにいる。あらゆるデジタル電子機器を誤魔化せたとしても、宇宙を感じる彼の目を誤魔化すことはできない。
“ハッ! 出来損ないのモノマネ駆逐艦が、生意気だ。中佐の邪魔なんだ! 堕ちろよ!!”
声を荒げると、右腕を前方へ放り出す。空っぽの宇宙空間をその指先が指し示す。今や、彼の右腕はシュトゥリングルスの中性粒子ビーム砲の砲身で、その指先は超出力の粒子ビームを放出する砲口その物であるかのようだ。
シュトゥリングルスの艦底は観音扉のウェポンベイになっている。縦に割れた装甲の隙間から頑丈なフレームに懸架された、巨大な中性粒子ビーム砲がゆっくりと顔を出す。それと同時に舷側から無音の内に排出された、円柱状の空のエネルギータンク。
透明の船体から、逆さづりになったビーム砲と排出されたエネルギータンクが不気味なくらい静かに宇宙に漂う。
“絶対に外さない――。沈め! デキソコナイ!!”
ザーガソンの声を皮切りに、にわかに周囲の空間がゆらぎ出す。
臨界に達した粒子加速炉から送り出されたエネルギーが、稲妻のように砲口からプラズマを発生させ、青白いプロトンビームを最初は細く、次第に宇宙に充満したダークマターを一瞬固体に転化させるほどに膨張した超高エネルギーの束を、光速に迫ろうかという勢いで宇宙の一点に向けてビッと放出した。
ビームが発する強烈な電磁波が、特殊電磁メタマテルアルを流れる電流の波長を狂わせ、不規則なタイミングで数度その矢尻の艦影を宇宙に晒す。
真っ白になった彼の視界の一点に、渦巻く様に電子、量子、陽子の粒が収束し膨張して瞬時にはじけ飛んだ。
***
“こちらゴーストリーダー。グランドクロスへ。状況がつかめない。一体何が起こっている?”
一般回線も秘匿回線も返事がない。それは艦船の位置座標を悟られないために、シュトゥリングルスが無線を封鎖しているからだ。
戦闘宙域に踏み込んだ敵駆逐艦撃沈の命令を受け、5機のヴァンダーファルケを引き連れコロニーの外縁を離れていたディアナ=サーストンは、エントランスブロック周辺で謎の襲撃を受け、通信を絶ったスコードロンチャーリーを救出するために進路を反転させていた。
先ほどから嫌な予感が、頭を離れない。
想定外の何かまずいことが、コロニーの周辺で起きている。
全天周囲モニターに投影されたシュトゥリングルスを表す、不規則に点滅を繰り返す光点から、定規で引いた直線の様に光の束が、宇宙を半分に切断してしまいそうな勢いで伸びる。
“粒子ビーム砲。シュトゥリングルスは一体、何と戦っているんだ?”
その進路の先に目を移すが、敵を表すレーダー反応がない。
突然、宇宙の果てまで伸びるはずだと思われたビームの進路が、その途中で何かに堰き止められ激しいスパークを放ち、くの字に折れ曲がり明後日の方向へ直進していく。
“え?”
その異様な光景にディアナは、一瞬自分の目を疑った。
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