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冬のある特別寒い朝のこと、駅のホームで別れの時を待つ二人がいた。
一人目は女。大きな旅行鞄を携えている。
二人目は男。彼は一人目を見送りに来たためか、目立った荷物は持っていない。
二人は連れ立って駅に現れたが、互いに無言。
やがて列車が滑り込んでくる。
降車した数名の乗客と入れ替わりに一人目は列車に乗り込んだ。
そして座席に着くと窓を開けて顔を出し、二人目と窓越しに向き合う。
発車までのわずかな時間。
無言の一瞬の後、一人目が口を開いた。
「それじゃあ、行ってくるね」
それに二人目が答える。
「ああ、気をつけて」
そこに突然現れた三人目が叫んだ。
「ちょっと待てよ!」
「お前……」
三人目は男。二人の元に息を切らせてやってきた。
突然のことに息をのむ二人。
「……誰?」
「俺のことなんて、どうでもいい!」
「いや、良くないだろ。誰だよお前」
「お前達、これが今生の別れになるかも知れないんだろ!?だったらもっと言わなきゃいけないことがあるだろう!」
「言わなきゃいけないこと……」
「なんの話だよ、人の話を聞けよ!」
「あ、アサヒ屋のプリンを二つとも食べちゃったの、あたしです」
一人目は二人目に告白した。
「知ってる。いつものことじゃん」
「えへへ」
だがそのやり取りは三人目のお気に召さなかったようで、彼は再び吠える。
「そういうことじゃねぇ!もっと重大な、今まで言うことができなかった秘密とか、なんかないのかよ!今言わなきゃ一生後悔するかも知れないんだぞ!」
「しねぇよ!」
「なんでそう言い切れるよ!」
「俺たちはこれから引っ越すんだよ!こいつは受け入れの準備のために先に新居に行くんだよ!それで俺は引越し屋に同行するんだよ!」
二人目の言葉に三人目は困惑する。
「……つまり、どういうこと?」
「あとですぐにまた会うんだよ!解れよ!」
「そうなの?」
「そうだよー」
「……だとしても!道中で事故にあうかもしれないのだから、今生の……」
「縁起でもないことを言うなぁ!」
ホームに発車のベルが鳴り響く。
「まだ話は終わってない!」
三人目はつかつかとホームの柱に設置された非常停止ボタンに歩み寄ると、躊躇なくそれを押した。
「な!?おまえ、なにやってんの!?」
「いいかよく聞け!別れってのはな、突然やってくるんだよ!だから……!」
ホームの駅員室から出てきた駅員たちが三人、確認のため小走りで近づいてきた。
「あのー、お客さんがた、少々よろしいですか?」
駅員の一人が三人に尋ねる。
「非常停止ボタンを押されたのはどなたでしょうか?」
「そいつだよ」
「何がありましたか?」
「見送りしていたら、そいつが突然絡んできて、勝手に押したんだ」
「俺は大事な話しているんだ!」
三人目が息巻いた。
「……なるほど、では貴方が非常停止ボタンを押したということで、間違いありませんね?」
「そうだ!俺が押した!」
「……わかりました。あちらで少しお話しを聞けせていただけますか?」
「そうはいかない!俺の話はまだ終わっていないんだ!」
だが三人目は二人の駅員に肩を掴まれ、駅員室まで連行されていく。
確かに別れは突然やってきた。
最初の駅員が二人に質問する。
「お二人とあの方とのご関係は?」
「今、初めて会った」
「全然知りませーん」
「なるほど。大変失礼ながら、念のため連絡先を控えさせていただけますか?」
「えー……しょうがないな」
二人目は携帯電話を取り出すと、番号を駅員に見せる。
駅員は胸ポケットから手帳を取り出すとそれを手早くメモした。
「ご協力ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ……。あの、発車はいつ頃になりますか?」
「事故などではないようですので……五分以内には」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ。ではこれで」
小走りに去る駅員。
残された二人は改めて向き合う。
「なんだったんだ……」
「おもしろかったねー」
「そうかぁ?……ま、そうだな」
二人目はバツが悪そうに頭を掻いた。
「なあ……」
「ん?なあに?」
「向こうでも……仲良くやろうな」
「うん!」
案内放送がホームに響く。
「停車中の列車はお客様トラブルのためホームの非常停止ボタンが扱われました関係で一時運転を見合わせておりましたが、安全の確認が取れましたので間も無く発車いたします。ご乗車のままお待ちください。列車が遅れましたこと、大変申し訳ありませんでした」
程なく発車のベルがホームに響く。
「それじゃあ、行ってくるね」
それに二人目が応える。
「ああ、気をつけて。すぐ行くよ」
やがて列車は滑るように走り出し一人目を連れて行った。
二人目はそれを見送るとホームを立ち去る。
この後二人は新天地にて幸せに暮らすのだが、三人目との邂逅ははっきり言ってそれにはほぼ……いや、全く無関係であった。
ちなみ三人目は駅員室で散々叱られた後解放されたらしいが、その後の行方はようとして知れないし、二人と再会することもない。
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