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「と、いう夢を見たんですが、どう思いますか?」
「・・・それをわざわざ私に聞くのか。」
長く俺の声だけが響いていた空間に、久々に投げ込まれた、それ以外の声。
呆れたように溜息をつきながらも、タイピングの速度は変わることがない李緒先輩は、だけど視線が安定せず宙を彷徨う。
あー、照れてるんだなー。可愛い。
放課後の生徒会室には、副会長の李緒先輩と、会計の俺しかいない。現在パイプ机の片側に、一つ席を空けつつも並ぶように座っている。
俺たち以外のメンバー三人は、全員高三、すなわち受験生なので、秋に入ったこの季節、二人だけで残ることが増えていた。
俺の仕事はもう終わり、あとは先輩が書類を作成して終了。
そんなときに、「樹ーなんか面白い話してー」と甘えた(当社比)感じに言われたので、昨日見た夢の話をしたのだが・・・。
「なんなの・・・?欲求不満なの・・・?え、私が悪いの?」
心なしか、先輩のタイピング音が強くなった気がする。
一心不乱にキーを叩き続ける顔は、横顔を隠す長い髪のせいで見えないが、襟から覗くうなじが赤い。
「せんぱーい、そんな顔されたら更にいじめたくなんるですけどー。」
「そう言ってる時点で既にいじめてるじゃない!この腹黒!」
悲鳴じみた声で返された。
というか、今結構やばい。何を言われても、どんな行動をされても、反応してしまう。
ありていに言えば、彼女に欲情してる。
夢から覚めた瞬間も、それなりに悲惨だったが、今話していてまた鮮明に思い出されてしまい。
つまりは先輩をちょっと揶揄うつもりが、見事に墓穴を掘ったのだった。
先輩と恋人になったのが、約二カ月前の七月上旬。
始まりは入学式で見た副会長の彼女に、俺が一目惚れしたことだった。
そこから、転校のせいで生徒が一人足りなかった生徒会に入り、先輩に猛アタックして・・・。
更に紆余曲折あったが、なんとか付き合えた。
と、そこまでは良かったのだが。
何ぶん先輩が大切過ぎて、一向に手が出せない。
昔から顔に寄って集る女は山ほどいた所為で、「高一にして経験豊富」というかなり爛れた俺だが、今までとは違いすぎて戸惑いしかなかった。
だって、初恋なんだ。
「初恋は叶わない」とかよく言いますが、叶ってしまった場合どうすれば良いんですか神様。
そんなこんなで、キスこそだいぶ深くまで交わしているが、それ以上には進めないのだった。
「ねぇ、樹。」
名前を呼ばれて、上の空だった思考が引き戻される。
先輩に目線を向けると、いつの間にやら彼女も俺を見ていた。
「・・・そんな顔しないでくれる?」
・・・は?
「何がですか?」
「自覚ないんかい。あなた今どんな顔してると思う?」
まだ若干赤みが残る頬の先輩が、恥ずかしそうに唇を噛みながら聞いてくる。
それはこっちの台詞なんですが、という言葉はなんとか飲み込んだ。
「・・・ちなみに、どんな顔してます?」
答えを聞くのが少し怖くて、でもなんとなく期待もあった。
先輩は一瞬目を下に向けて考えたあと、恐る恐る、といった風に首を傾げ、言葉を紡ぐ。
「・・・欲情した獣みたいな顔。」
それはとても小さい声で、でも聞こえてしまった。
脳裏に蘇るのは、あの夢で先輩の瞳越しに見た、俺自身の顔。
ギラギラと貪欲に欲する双眸と、狂ったような歪な笑み。
そんな酷いものを、今先輩も見ているのだろうか。
強く、「あなたが欲しい」と訴える獣を。
「・・・李緒先輩。」
「・・・な、何。」
ただ呼んだだけなのにビクつく肩は、きっと俺が言いたいことをわかっているからなんだろう。
「キスしたいです。」
「今の樹見てるとそれだけじゃ済まない気がするから嫌。」
「流石鋭いですね。というか、最近先輩に触りたくて触りたくて、我慢してることだって知ってたでしょう?」
「・・・ソ、ソウダッタンダー。」
「あはは、すごい棒読みですねー。っていうか先輩、」
ーーーー目を逸らさないでください。
いつもより声を低くして言うと、先輩の体が面白いくらいにビクつく。
強情なように見えて、案外素直なこの人は、困ったように目尻を下げながらも、ゆっくり俺を見つめ直した。
「ねぇ、先輩?」
いいでしょう?
立ち上がろうとパイプ椅子の背もたれに片手をかけると、それよりも早く先輩が立ち上がった。
ガタンッ!と、大きな音がする。
自分で立てた音のくせに、大袈裟なくらい肩を震わせた先輩は、泣きそうな瞳を歪ませて首を振った。
「嫌。」
「なんでですか?」
焦りそうな心を押し殺して、ゆっくり、ゆっくり立ち上がる。
一歩前進すると、ひっ!と悲鳴をあげた先輩が逆に一歩後退。
そして、また離れた距離を、俺が一歩詰めた。
「嫌、来ないで。」
「せーんぱい?そんなに怖がられたら傷つきますよー、俺。」
「や、やだ、やめて・・・。」
「何を?俺は何もしてませんよ?」
一歩一歩、確実に。
少しずつ狭まっていく距離は、先輩が奥の壁に背中をつけたことで、一方的に詰められた。
「い、つき・・・。」
「はぁい?」
壁際に追い詰めた先輩は、完全に怯えている。
俺の影が差した彼女の横に、トンッ、と片手をついた。先輩がぎゅっと目を閉じて俯く。
そんなことしても、逆効果なのに。
俺は、彼女の耳に口を近づけると、息を吹きかけるようにして囁いた。
「りーお?こっち向いてくれませんか?」
「ひゃっ・・・!」
吐息が耳に当たってびっくりしたのか、裏返った声をもらした先輩が、両手を突っぱねて、近づいていた俺の体を押し返す。
無駄だとわかっているだろうに、弱い抵抗する姿に、加虐心がくすぐられて堪らない。
そっと手を伸ばして、先輩の顎に手を掛け、無理矢理上を向かせる。
意地でも目を合わせないつもりか、硬く閉じられたままの瞳。
「目、開けてください。」
「・・・っ!」
なんだかんだ言っても、先輩は俺の頼みに逆らえない。
まずは右目が探るように開き、次いで左目も瞼を震わせながら開けていく。
薄い膜が張る、濡れた瞳。
そこに映る自分自身を確認して、ようやく俺は先輩が何を怖がっていたのか理解した。
細められた瞳の奥からのぞくは、仄暗い執着。
独占欲と愛情がドロリと溶けた、毒みたいな暗すぎる心が、あまりに明け透けに表れている笑顔。
この人に触れたくて、狂ってしまいそうな男が、そこには居た。
いや、もうとっくに狂ってるか。
「すみません、先輩。」
「や、離し・・・ふっ、んぅ!」
なんとか謝罪してから、顎ごと引き寄せた唇に齧り付く。
最初から開いていたため、すぐさま舌をねじ込んで絡めた。
ドンドン、と肩を叩かれる。
抗議するようなそれは、別に邪魔ではないのだけど、支配欲に掻き立てられるままに腕を掴んで壁に押し付けた。
全てを奪うような、キス。
あの夢よりずっと身近な体温は、俺を依存させるには充分で。
まるで麻薬じみた、甘い快楽に溺れていった。
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