後で悔いること

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後で悔いること

家に帰ると、お母さんから「お父さんに洋服を持っていってほしい」と頼まれた。父は医者として病院に勤めている。どうやら、シフトが変わったらしい。 気持ち的に部屋に篭ろうと思っていたのだが、もしかしたらあの男の人に会えるかもしれないと思い、私はそれを引き受けた。 父の所へ向かう途中で通った病室から、男の子とそのお母さんが出てきた。男の子のお母さんが病室の中に頭を下げる。中から「気をつけて」と声が聞こえた。 何も知らないふうに親子とすれ違うと、病室の中をチラリと覗いてみた。4人部屋の一つに、彼の姿があった。何やら手紙を書いているようだった。 「悔いはない、かな……」 と、満足そうに呟いたのが聞こえた。その表情は、この結果を知っていたように見えて、私は思わず持っていた紙袋を落とした。 その音でこちらを向いた彼と目が合う。 その時、またパッと視界が白くなる。男の子がひかれた後、しばらくして救急車がきた。…それは既に遅く、既に男の子の心臓は停止していた。晩ご飯の時、父から「その時応急処置が出来ていれば助かったかもしれない」と、病院で男の子が亡くなったことを聞き、何も出来なかったことを悔やんだ。 体験したはずのない感覚が、光景が、感情が流れ込んできて、思わず涙が流れた。
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