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1 出会い
セカイには、イロがなかった。ココロオドるイロがなかった。だけど、あのジケンにでくわしたとき、キレイだとかんじた。セカイにイロがあった。
この世に生を受けとき、確かに温かった。だが、それは俺の成長と共に無くなった。気付いてしまったのだろう。俺も周りの目から気が付いた。俺は人間とは違うのだと。
全てが普通だった。それで良かった。誰も僕に興味がなく、僕も何にも興味がなかった。それがあの共鳴を聞いた時、ひっくり返った。僕はあの音の世界に惹きつけられた。
壮太はふと目が覚めた。
起きた。と言うわけじゃなく。ぱっと目が開いたという目覚め方だ。
悪夢を見た後のようだが、夢を見たかどうか定かじゃない。それ以前に眠る直前の記憶すら曖昧だ。
壮太が最後に覚えているのは夜の日課になっているお気に入りのレコードを聴いていた辺りまでだ。寝落ちなんてことは今までしたことがない。だけど記憶が無いということはそういうことなんだろうか?もう少し記憶があってもいいはずだと思う。
しかも……
(ここは、どこでしょうか?)
壮太は立ち上がり猫背の背を出来るだけ伸ばして部屋を見渡す。眼鏡の位置もバッチリ合わせるが、やはり見覚えがない。
そもそもこんな壁も天井も床も真っ白で窓一つ、いや出入口すらない部屋があることに驚きだ。そして最後に居たと記憶している自分の部屋をいくら改装してもここまで完璧な正方形の箱になるわけがない。
つまり、何者かによりこの何処の誰のものか分からないこの部屋に拉致されたと壮太は推測した。
しかも……
「シネシネシネシネシネシネシネシネ!!!」
「…………」
知らない人間の男2人も一緒らしい。
(なぜ喧嘩をしてるんでしょうか?)
今にも殺し合いをしそうな雰囲気で睨み合う2人を壮太は観察した。
真っ赤なジャケットとパンツに身を包んだ男は頭髪だけ脱色をして白っぽい色をしている。が、相当好きなのか所々に赤のメッシュがある。そんな赤男はサバイバルナイフみたいなゴツイ獲物を持ってもう1人の男にシネと連呼していた。
(頭は悪そうだな)
対して刃物を向けられている男は、静かに赤男を見つめ構えている。武を極めたような風格ある構えに、鍛えられた肉体からは気迫を壮太は感じた。東洋人の面立ちも彼を拳法の達人と思わせるアクセントになっている。
これで全裸でなければ壮太は息を呑んで見守っていただろうが、全裸の故に頭の中は変態の一言に埋め尽くされた。
(なんなんだ……彼らは……)
その疑問を解決するにはこの一触即発の空気をなんとかせねばなるまい。
しかし、壮太に何か妙案が浮かぶ前に赤男が動き出してしまった。
「シネーーー!!」
「っふ!」
赤男がナイフを持って飛びかかる。対する全裸男は一瞬で間合いを見極めて拳を繰り出した。
「おっ!?」
壮太が驚いたのは赤男の身のこなしだ。絶対に当たると思ったが、軽やかなステップで全裸男の拳を避けたのだ。
「あっブネーーー!!オモシロ!!シネ!」
「ちっ」
赤男のナイフが全裸男の顔面を狙う。だが、全裸男も顔に負けない俊敏な動きを見せる。身体を捻って攻撃をかわすと、その勢いを利用して赤男に蹴りを入れた。
(うわ……)
「ぐえっ!」
潰れた声をあげて赤男が壁まで吹っ飛ぶ。あまりの人間離れした動きに見入っていたら、ついでに見たくないものも目に入り壮太は現実に戻された。
二人の攻防は見ものだが、いつまでもココに居るわけにはいかない。壮太には家でやるべきことがある。死んだ兄が教えてくれた生きる糧だ。壮太はそれをするためにこの国に移住することを決めたのだ。
この国にあった名は今では誰も呼ばない。その代わりに広まった渾名がある。
ーーデスアイランド
殺しの国。そう呼ばれるようになったのはある国法が生まれたからだ。
この国は巨大大陸にある小さな国だった。今にも人口減少で滅びそうなところで当時の政治家はある事を思い付く。平和平穏が根付いたこの世界で唯一の国になろうと。その唯一の特徴を得るために成立させたのが「人体実験法」だった。
人体実験が合法となった世界初の国だ。
その作戦は見事成功し、先進国から発展途上国まであらゆる国の研究者が移住してきた。
そうやって移住した研究者の一人が壮太だ。まだ一年も経っていないが壮太の生活は充実していた。やっとある程度のサンプルが手に入ったのだ。早く帰って続きをしたいと思うのは研究者の性というものだろう。
その為にもまずは情報が必要だ。壮太は眼鏡の位置を正し、意を決して睨み合う二人に声をかけた。
「す、すみません……」
「あぁ!!ジャマすんなよ!シネ!」
(それしか言えないんですか)
「……」
(何でそんな目で睨まれなくちゃいけないんでしょ)
バカみたいにワンフレーズで怒鳴る赤男と敵意のある視線を向けてくる全裸男。どっちと話してもあまり変わらないと思い、壮太は二人に向かって声をかけた。
「ここが何処かわかりますか?」
「シルカ!」
「……知らん」
(あ。喋れたんですね)
全裸男に言葉が通じたことに少しホッとする。だが事態は一向に進展しない。なんの情報も持っていない彼らと話しても時間も勇気も無駄にしかならない。
しかたなく壮太は二人に分かりましたと簡潔に返事をして壁のあちこちを叩き始める。
「ナニしてんだ?アタマうったか?」
「頭は痛くないので打っていないのでしょう。だから最低でも天井から放り込まれたわけじゃない」
赤男はただ馬鹿にして言っただけだが、壮太は真面目に答える。だけどその真意を二人は理解できなかった。
「???ナニいってんだ?ナメてんのか??あ゛?」
ヘラヘラした顔が一気に怒りの形相に変わるのを見て、壮太は流れる冷汗に気付かれないよう平坦な声で説明した。
「……壁に出入口が隠れている可能性が高いと思ったんです」
「おおお!!デレるのか!」
「!?」
出れる、という赤男の声に全裸男も反応した。先程まで暴れていた2人は壮太に倣って壁を叩き出す。赤男の怒りのオーラも治っていた。
「他と違う音がしたところ、または、変な隙間があったら教えて下さい」
「どこだーー!!!!」
「……」
壮太の声掛けに返事はない。全裸男は丁寧に壁に耳を付けたり叩いたりしながら協力していたが、赤男は壁を見ながら走り回るだけで何の役にも経っていないように思う。2人の協力は元より期待してはいなかったので壮太は黙々と作業を続けた。
だが、ある程度時間が経った頃(たぶん5分もない)、やはりというか赤男が痺れを切らして怒鳴り始める。
「テメェだましたな!!」
ナイフを抜いて今にも刺してきそうな勢いで近づいてくる。再び向けられる殺気に壮太は恐怖よりも唖然とした。
「もっと細部まで見てください。そんな直ぐには見つかりませんよ。飽きたならあとは僕らで探します。貴方は休んでいただいて結構です」
近付く赤男に早口で捲し立てて壮太は壁に向きなおった。彼を説得する時間がもったいない。
部屋の壁は近くで見ると手のひらサイズの正方形の集まりだった。どれか一つが扉を出現させるカラクリのスイッチになっているかもしれない。壮太は慎重に一枚一枚のタイルを調べた。
全裸男も壮太の様子を見ながらタイルを押したり隙間を覗き込んだりしている。
壮太を刺してやろうとしていた赤男は2人の態度に腹を立てるもナイフを下ろした。赤男もこの部屋から出たいとは思っているからだ。ただ自分は探しきったため、やることがない。仕方ないから床に座り込み2人の様子を眺めることにした。
……カシャン、カシャン
しばらく赤男の折畳式ナイフを弄る機械音だけが部屋に響いた。
「あーー……」
それから時折赤男の低い鳴声も聞こえていた。壮太はその雑音を無視する。そもそも他人に興味がないので意識から余計なものを排除することに慣れていた。全裸男もまた、見た通り野生的に生きてきたので不要な音を排除して小さな音を聞き分けるのに慣れている。だから2人の赤男の音は気にならない。
「あぁーーー血がミテェ!」
「あ」
その声を聞いて、壮太はある情景を思い出した。
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