3 裸男

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3 裸男

壮太は赤男と会話することをやめた。バカと話しても疲れるだけで無駄だと判断したからだ。 暫くは裸男と2人で黙々と壁を調べ続けた。 「……なあー」 「……はい?」 暇になったのか赤男が話しかけてくる。無視しようとしたが手遊びをしていナイフを向けてきたので仕方なく壮太は返事をした。 「殺しはダメだけとハダカはいいのか?」 「裸もダメです」 裸男を指差してがいうので壮太は首を振る。 これで話は終わりと思ったが、今度は裸男に絡みだした。 「なんでオマエははだかなんだよ」 「……服は、人間の着るものだ」 「オマエにんげんじゃねぇの!?」 バカバカしい会話が嫌でも耳に入ってくる。BGMくらいかけてくれても良いのにと思うが生憎この部屋には窓すらない。風の音すら入り込まない空気を揺らすのはふざけてないのが逆に不気味な会話だけだった。 「私は人間ではない。『龍(ロン)』だ」 (それは名前ですよね……) 「オレはブラッドだ!!」 (自己紹介の流れじゃないでしょ) つい頭の中でツッこんでしまうのも仕方ない。目的のある壮太であれ同じ作業を続けていたら集中力も切れてくる。 そんな空気を感じ取ったのか赤男ことブラッドは壮太にも声をかけてきた。 「おまえは?なまえ」 「…………壮太です」 無視しようとしたらナイフを投げるモーションをしてきたのでしかたなく名乗る。だけどさして興味が無いのか特に感想もなく会話は終了した。 「ふーん。ロンはさむくねぇのか?」 「寒くない」 「ロンはナニをくうんだ?」 「肉や草、魚を食べる」 「にんげんといっしょじゃん」 「人間も食べる」 「はぁ!?」 流石に最後の答えには壮太も声を上げた。 人間を食べると言ったのか。 「それは……」 「うまいのか?」 壮太が確認しようと口を開く前に、ブラッドは驚く様子もなく淡々と……無邪気にと言うのが正しいのか……質問を続けた。 「特別うまいわけではない。ただ殺した以上は食べねば悪いと思う」 龍の返答にブラッドは旨くないのかと興味を無くし、壮太はコイツも人殺しかと危険人物として認識を改めた。 「何故殺したんですか?」 ブラッドと同じように趣味ではないことを祈って壮太は聞いた。 「殺そうとしてきた。生きるために殺した」 「……何故、殺してまで生きたいと思ったんですか?」 壮太の質問に龍は首を傾げる。 「本能だ。生きたいのではない。お前は生きたいと思って生きてるのか?」 本能だと言い切る龍に、確かに彼は人間ではないのかもしれないと壮太は思った。 理知的じゃない。思考をしないなら他の生物と変わらない。 「人間ではない割に言葉は流暢ですね」 「人間に育てられたからな」 野生児ではないらしい。 ではどうやって龍は己を人間以外の生物と認識するようになったのか。 そこまでは壮太もブラッドも興味がないようなので、この先に話す物語は誰にも知られることはないだろう。 龍が生まれたのは一般的な家庭だった。 父がいて、母がいて、暫くしたら弟ができた。どこにでもいる裕福でも貧乏でもない普通の家庭だ。 あえて特徴を述べるなら全員が悪目立ちを嫌がり穏やかに過ごしたいと考える消極的な考えを持っていることだろう。 だけどそういう思いは誰でも大なり小なり持ち合わせている普通の感覚だ。 その感覚が悪い方に働いてしまったのは、幼稚だったためとしか言いようがない。 きっかけは龍が学童に通い始めたことだ。 「おまえ、きもちわりぃ目をしてんな」 一人の放った何気ない言葉が悪意を伴って伝染するのは早かった。気が付いたら龍は周りから避けられ、野次られ、異物を見る目を向けられていた。 龍は生まれ付き左右の瞳の色が違う。左は夜のような群青色で、右は向日葵のような黄金色だった。家族はその瞳を美しいと言ってくれていたし、幼児の頃もキレイだと周囲に言われていて違和感など持たなかった。 だが身体の成長と異なり、何故か人の心は時と共に汚れて後退することがある。学童で出会ったのはそんな子たちだったのだ。そして子の心を作るのは親の所業なわけで……悲しいことに母親もまた同学年の親から蔑みを受けることになった。 その結果、長年受け入れてくれた母親や同じ学童に通うようになった弟も龍の瞳を憎むようになった。優しさは伝染しないのに悪意の広がりはこんなにも容易い。 その悪意を一身に浴びた龍がおかしくなるのは必然と言えた。最初、指摘されたときはたかだか瞳の色でそんなに変なことじゃないと思えた。その後、クラス全員から避けられるようになり本当は変なことだったのだろうかと思うようになる。そしてとうとう家族の目が険になったらやはり自分は普通ではないと納得した。 ならば自分は何か?周囲は化物と呼ぶ。つまり、自分は人間じゃないのだ。そう龍は結論付けた。 それを知った龍は人間らしくすることをやめた。その中でも自分が煩わしいと思ったことを積極手にやめてみた。人間じゃないから合わないのだと。 学童に行くのをやめた。道路を歩くのをやめた。人と関わるのをやめた。人からの食べ物を食べるのをやめた。服をやめた。 そして、自然界で生きる術を身につけた。狩ができるようになった。自分で調理するようにした。何処でも行けるようになった。 龍は野生化し旅をし、いつの間にかこの国に辿り着いたのだ。
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