4 壮太

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4 壮太

隅々まで壁を叩いてみたがそれらしい隙間は見つけられなかった。 「はぁー……」 壮太は深く大きなため息を吐きその場に座り込んだ。殺人犯の2人を信用できず全ての壁を自分で探した。耳が届くギリギリまで背伸びをして壁を叩いたが何もない。 気持ちが落ち込み、元々細身の身体にはそれ程体力があるわけもなく一度休憩することにした。 「もうオワッタか?オワッタならヤろうぜ!!コロシあおう!!」 「……!」 また2人が戦闘態勢になるのを見て壮太は頭を抱える。 2人が殺し合うのはまあいいとする。問題はその後だ。2人の殺し合いに勝敗が付いたらどうなる?ブラッドが勝ったら? 完全な殺人鬼だ。次は壮太にその殺意を向けるだろう。 じゃあ龍だったら? 龍も人間を食べると言っていた。腹が減ったら食糧として殺される可能性がある。 どっちが勝っても壮太にとって良い未来はない。ならばこの2人の決闘を先延ばしにすることが壮太のできる最善策だ。 その方法だが……。 (龍は戦う目的が無ければいいはずです。なら問題はブラッドだ。彼のような生き物を止める方法……) さっきはどうやって止められたのか。 確か壮太が話しかけたら止まったんだ。ならばとりあえず話しかけてみよう。 「2人の好きな食べ物は?」 「血」 「特にない」 簡潔だ。そして基本他者とコミュニケーションを取ることがない壮太にはこんな回答から話を続ける話術はない。 「そ、そうですか……」 「それだけか?じゃ……シネーーー!!」 「ふん!!」 ブラッドの跳び蹴りから再び戦闘が始まった。どっちが優勢とかはない。 「えー……あー……どうしてここにいるんでしょうか?」 壮太は自分がずっと考えていたことを声に出してみた。好きな食べ物からまったく繋がっていないがブラッドは律儀にもまたナイフを下ろして壮太の質問に答える。 育ちだけは良いのだ。育ちだけは。 「しるか。かべにエをかいてたらネてた。そんでここにいた」 「エ?絵ですか?」 「そ。こんなの」 そう言ってブラッドは携帯の画面を壮太に見せる。どこかのビルの壁に真っ赤な血を擦りつけたような……絵と呼んで良いのか悪趣味な写真がそこにあった。 「携帯!!」 そう。それよりも重要なのは通信手段となる携帯電話がからの手にあるということだ。 「見せてもらっても?」 「おう!!すっげぇハクリョクだろ!」 ニコニコしてブラッドは携帯を壮太に渡した。もし壮太が絵について勉強していたらこの写真だけで圧倒されていただろう。 彼がこの国で残した壁画(画材:血)は全て政府が回収してオークションに出品し高額落札されている。 それほどの価値あるものだが壮太はすぐ画面を切り替えてインターネットに繋いでみた。が、繋がらない。画面左上を見てみると、そこには『圏外』と表示されていた。 「だめか……」 「こっちのエもすごいだろ?」 そう言ってブラッドはあらゆるポケットから携帯電話を取り出した。その数は5つ。「……何故そんなに持っているんですか?」 「ころしたヤツからもらった」 (それは奪ったというんですけどね) ブラッドにとってスマフォは写真を撮るための道具でしかない。それ以外の機能には興味がなかった。だから彼が持っている携帯は全て遺族が解約した後でどれも電波を受信していない。それが分かった壮太はもう用無しとブラッドに返した。 「はぁ……ブラッドさんはこの絵を描いていて襲われたんですね」 「さぁ?バンってオトがしたとおもったらもうねてた」 今日はため息が多い。壮太はブラッドが警官隊の催眠弾にやられたのではないかと考えた。殺人犯をやっと捕まえたということだろう。 「龍さんはここに来る直前のことを覚えていますか?」 「……人間に追われた」 黒い服を着た男5人に森の中を追われていたらしい。2人は倒せたが、次に狙いを定めたとき足にロープらしきものが絡まり倒れた。そこを3人がかりで押さえつけられブラッドと同じ乾いた音を聞いたら眠ってしまったという。 「人間は他種を害悪として迫害して殺しにくる。ならば俺も相応の覚悟で臨む必要があった」 2人を殺したのか問えば龍はそう返した。 つまり、初めてではないらしい。こっちも殺人で逮捕されたのかもしれない。さらに見たところ所持品はない(裸)。不法入国だったことは明らかだ。 とりあえず彼らが罪人としてここに収容されていると推測できる。 「たぶん2人は警官隊に捕まったと推測できます」 「へー」 「ふむ」 「どちらも人を殺めているようですし、重罪人でしょ」 「へー」 「ふむ」 「この国で重罪を犯した者はもれなく被験体になります」 「へー」 「??」 「合法となっている人体実験に使われるということです」 「ふむ」 ときどき分かってなさそうな龍に補足説明を加えながら壮太は自分の立てた仮説を説明する。 殺人罪で捕まった者は被験体を募集している研究者に順次派遣される。そして壮太もそんな研究者の一人だ。被験体を数人募集していた。だから二人は壮太の実験のために派遣された被験体の可能性が高い。 「つまりよー。オレたちはオマエのせいでつかまったってことか?」 「なるほど……」 「ち、ちがいます!捕まったのはあなた達が人を殺したからです!」 恐ろしい顔で責任転嫁してくる二人に壮太は全力で否定する。また、被験体を求めている研究者は自分以外にも沢山いることを必死に説くと渋々とした顔でブラッドがやっと獲物を下ろしてくれた。 「それに、今までの被験体の受け取りにこんな手の込んだ真似をされたことはありません」 政府の用意した実験室に招かれてそこに器具を設置して実験をする。それが個人研究者のセオリーだ。大きなラボを持つ研究チームなんかは直接実験体をラボに招いて研究をすることもあるが、それは政府の基準をクリアしなければならない。相手は重罪人で、輸送途中や実験中に逃げられたりしたら洒落にならないからだ。 「じゃあオマエもつかまったんじゃね?」 「僕はちゃんとこの国で研究者の資格を持っています」 身一つで連れてこられた今はそれを示す証拠がないため壮太の言葉を信じるか否かしか二人に判断材料はない。 もしここが壮太の部屋であれば……その資格が剥奪されている事実に気付けたのかもしれない。そしてブラッドの指摘が的を得ていたことにも気付いたかもしれない。 この国は一見無法地帯と思われがちだが、ちゃんと周辺諸国と同盟や条約を結ぶ列記とした国家だ。 そのため他国の罪人を逮捕して輸送することもあるし、今回のようにこの国に被験体としてそのまま収容されることもある。 さて。それでは壮太の罪について説明しよう。 壮太は普通より少し猫背で非常に暗い空気を纏う少年だった。 中学生の頃には彼に近付く女子はおらず、男子ですら不要なコミュニケーションを避けるほどの暗さだった。 その暗さの根源には壮太の家族環境が関係している。 母も父も医者で、優秀な兄は常に学年一位が当たり前だった。対する壮太も幼稚園ではよく先生に褒められて家族の輪に溶け込んでいた。しかし小学校二年生の頃に算数のテストで98点をとり、その日から壮太の環境はガラリと変わった。 壮太は軽い足取りで帰っていた。国語と算数の花丸が描かれたテストを早く両親に見せたかったのだ。国語は百点満点だったし、算数ははじめて98点になったけど学年で1番の点数だ。壮太はいつものように褒められるのを夢見ていた。テスト結果を持って帰るといつもお母さんとお父さんは喜んでいた。褒められるのが嬉しくて壮太は兄と同じように毎日勉強をした。また喜んでくれると期待していた。だって花丸を貰えたんだから。 だけど現実は違った。 「……なにこれ」 「え?」 母親は壮太から受け取ったテスト用紙を見て呟いた。 「何でここを間違えたの?」 「えっと……」 母親は壮太が間違えた一問を指差す。実は先生のミスで壮太のいたクラスだけ教え損ねていた問題があったのだ。そのため一度は減点となったがクラス全員加点されることになった。つまり数字は98点だが実質100点となっている。 それを伝えれば良いのだが、壮太は初めて見る母親の冷たい眼差しに言葉が出なかった。 「ご、ごめんなさい……」 そう言って壮太は震える体で頭を下げることしかできない。母親はその姿に舌打ちをするとすぐに勉強するように子供部屋に押し込めた。 その夜、母親は父親に壮太のテスト結果を報告した。父親も母親と同じ冷たい目で壮太をみる。 「これからは食事以外の時間はずっと勉強だ」 その言葉通り、壮太は勉強漬けの毎日を送ることになった。 だけど家族からのプレッシャーは壮太を精神的に追い詰め、本番で実力を出すことができなくなる。中学生になるとテストで平均点までしかとれなくなっていた。そして中学生三年生の頃には諦められた。 「…………」 食事は母親と父親と兄が囲む食卓からは外され部屋で一人で食べる。挨拶も返されず、壮太はどんどん無口になっていった。 家族の中で居場所のなくなった壮太はさらに喜怒哀楽が欠如し、自分の価値のようなものを見失っていく。 そんな日々を送っていたある日。事件が起きた。 両親が医者で近所でも金持ちと有名だった壮太の家に泥棒が侵入したのだ。 すでに兄は大学生となって家におらず、居たのは50過ぎの両親と高校生だが猫背でヒョロヒョロの壮太だけだ。 一家はあっという間に縛り上げられ捕まった。 その泥棒は凶悪で、壮太と父の前で母を侮辱し締め殺した。それに嘆き狂乱した父もナイフで刺して殺された。 その様をずっと壮太は見ていた。 血だらけの泥棒も壮太を見た。 壮太は何故か興奮していた。 久しぶりに高揚感を感じた。 何故だかわからない。虐待し、横柄な態度で見下してきた相手が虐げられるのを見たからなのかもしれない。 母の悲鳴や叫び、父の苦悶の表情と涙。 その全てが壮太を喜ばせた。 『いま、どんな感じだ?』 泥棒が尋ねる。 「……最高」 壮太はそう返した。 泥棒は壮太の歪んだ表情見て、同じ顔をして笑った。 『気に入った』 そう言うと泥棒はお金を持って逃げていった。壮太は感謝した。世界に光を与えてくれた犯人に心から敬意を表明した。 だから犯人の顔も声もしっかりと覚えていたが警察には何一つ言わなかった。 ただその事件のせいで兄が実家に帰ってきた。兄は壮太を見下し、さらに就職が上手くいかないことも、彼女と長続きしないことも、不都合なことは全部壮太のせいにした。 壮太はそんな扱いをどうとも思わなかった。やっと見つけた世界の光を追いかけることに夢中だ。 しかし、音に興味を抱いた壮太は音大に通ったが理想とする音に出会うことはなかった。あの時の興奮をもう一度味わいたい。そう思った時、テレビから女性の悲鳴が聞こえた。その頃の兄は親の遺産で暮らすニートで、常にテレビを点けてぼーっと過ごしている。テレビでは肝試しをしていた。お化けに怯えて女性や男性の芸能人たちが悲鳴をあげていた。 (この声だ……) 身体が震えた。理想の音があの機械の中きらする。 もっと聞きたい。 渇望する思いが壮太の本能を侵食する。そしてふと、世界に不要とされている人間が目に入った。 壮太は台所から包丁を取り出し、兄を……そのモルモットを奏でてみた。
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