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5 狂演
壮太は心震わせる音が何か気付き、その音を集めるためにこの国なやってきた。
だが国は彼が自宅で行った恐ろしい惨状を見つけ、壮太を重罪人として死の国に通告した。
この場に集められたのは3人とも被験体ということだ。
「とりあえず。僕はあなた達二人に興味ありません」
「あ?」
ブラッドが馬鹿にしてんのかと懐に手を伸ばした。
「僕が欲しいのは『悲鳴』とか『憎悪』といった『負の感情からくる叫び』なんですよ。あなた達は今まで観ていたところ全く死を恐れない。好戦的で野蛮で冷徹です。僕の実験体には不向き。という意味ですよ」
壮太の説明にブラッドは龍を見る。馬鹿にされているのかなんなのかわからなかったからだ。しかし龍にはそんなことどうでもいい。
壮太に戦闘意欲がないと判ると興味をなくしていた。むしろ敵は何度も攻撃してくるブラッドだ。
「にらむなよー。オレももうやめた。りゅうツヨイし。ケガするのはイヤ」
「……」
龍はしばらく睨んでいたが、ブラッドがナイフを片付け両手を見せると睨むのをやめた。とりあえず二人の戦闘を止める目的は果たせ、壮太は胸を撫で下ろす。
「はぁ……きっと僕らをココに閉じ込めた人たちはカメラか何かで様子を見ていると思うんです。だからアピールしましょう。僕らに争う意志はないと」
壮太の提案にブラッドと龍は首を傾げながらもうなずいた。
アピール方法として部屋の中心で背中合わせに三人で輪になり手を振るという方法を取る。なんとも間抜けな風景だが、この部屋を観察していた者達には正確に伝わった。
モニターを観ていた研究者たちはガクリと肩を落とした。最初にブラッドと龍が目を覚まして殺し合いを始めたときは成功と思ったのにだ。彼らの希望は3人が己の欲望のままに殺し合うことだった。
そして3人の身体能力と精神を観察することが今回の実験の目的だ。
しかし3人には彼らが思ってた以上に理性と思考が存在していた。
「つまらん。なんの成果もない」
「では、もう処分してしまいましょう」
そう言って白衣を着た眼鏡の助手は睡眠ガス用のボタンに手を伸ばすが、もう1人の白衣の男がその手を止める。
「このまま成果なしではこの実験室も使えなくなるぞ!」
「……ですが、彼らに戦う意志はないんですよ」
ここは政府の実験室ではなく、いち企業の保有する私有の実験場だった。被験体を連れ出せる施設の建設には莫大な費用がかかる。それなのに有効な実験結果が数年提出されなければ使用禁止になってしまうのだ。それだけ被験体を政府施設外に連れ出すのは危険だと思っている。
というのは建前で、国内の実験内容・結果を全て把握するためだ。
自国の支援を受けて派遣されたこの会社は自国の為にも実験データを出来るだけ漏らしたくない。だからこの実験場を作ったのに、それが無駄になる。そうなったら責任者の男はどうなるか……想像するまでもない。
男は後ろに控えている黒い武装に身を包んだ男たちを見た。
「戦闘データが取れればいいんだ。……お前たち、あいつらを殺してこい」
「……YES」
「な!?こ、殺すなんて!!そんな命令をしたら!!」
眼鏡の男が焦った声を上げるが、もう1人の男は冷静だった。この実験を任された時からあらゆる想定を考えていたのだ。
その一つが今目の前に起きている被験体の戦闘放棄だ。そうなったら無理矢理第三者を介入させて戦闘させる。その為に彼らを雇った。
「こいつらは政府が洗脳実験に成功した元死刑囚だ。だから問題ない。彼らを雇うのにちゃんと許可は取ってある」
「え……」
眼鏡の助手が唖然としている間に黒服を着た5人の武装兵たちは部屋を出て行った。
許可を貰ったのは彼らが暴れた時の保険としてだが……そんなのは助手の知るところではない。
黒服たちが位置についたのを確認し、男は赤いスイッチを押した。
それが悲劇の幕開けとなる。
「!?なんの音だ」
最初に気付いたのは龍だった。彼の言葉に2人も耳を澄ませる。音はだんだんと大きくなり白い壁の至る方角から聞こえてきた。
「……機械音のようです。扉でも出てくるんですかね?」
あまり期待をせずに壮太は言ったが、その予想は当たったようだ。
「お!」
ブラッドが指差す先で白い壁の一部に長方形の切れ目が入った。
「おお!!」
四方の壁が同じように丁度人が一人通れるくらいの扉の形に切り取られる。
切り取られた壁が左にスライドすると、黒い服に身を包んだ男性と思われる人影が姿を現した。
「「「??」」」
三人が敵なのか否か見極めようとしていたとき、男の一人が黒い球を天井に向かって投げる。
爆発と同時に、部屋は白い霧に包まれた。
「サーモグラフィーに切り替えろ」
「はい」
男の指示で眼鏡の助手はすぐさま映像を切り替えた。すると真っ白の画面に人影が映る。
「なに!?」
モニターを見た2人は驚いた。そこには横たわる人影しかもうなかったからだ。三人分のその人物に体温はもうない。死んでいるということだろう。
「も、もう終わったのか?」
話では眼鏡の研究者は戦闘能力はないが、他の2人は非常に優れた身体能力を持っているはずだった。人体の限界を測る上で重要なデータが取れると期待していた。
「あいつらの方が上だったということか」
「……一応、戦闘の様子を観てみますか?」
助手の確認に頷き、一瞬で終わったであろう映像の再生をしてみる。念のためにスローで再生ボタンを押すと、そこには予想外の結果があった。
「な、なんだと!?」
「これって……」
青白い顔をした二人がみたのは、部屋の中央にいた例の三人に雇った男たちが襲いかかる。彼らは映像と同じ、体温を検知するスコープを身につけているので彼らの居場所を正確に見分けることができた。部屋に閉じ込めていた三人にそれはない。なのに地に沈んだのは雇った男たちの方だった。
そのまま三つの影は同じ方向に向かって走る。それはあいつらを部屋に入れるために開けた扉のある方角だ。
画面を見ていた二人は急いで部屋のカメラを戻した。霧の晴れは白い部屋には三体の黒装束の遺体があるだけだ。
「何処に消えた!」
彼らは研究所内にある防犯カメラの映像に画面を切り替え、くまなく探した。
「くそっ!!」
「こんなことなら飢死するまで閉じ込めるんだった……」
後悔してももう遅い。いくつかのカメラに死体と血糊が写っているのを発見した二人はそこから足取りを調べることにした。
「あそこから何処に出たのか調べるぞ」
「はい!」
二人が調査を始めたそのとき、背後で扉の開く機械音が聞こえた。
「見つけましたよ……」
振り返ると、そこには眼鏡をかけた猫背の男……壮太が立っていた。
男たちは息を呑んだ。
壮太は悲鳴、恫喝、命乞いなど、あらゆる音源を集めるために研究中に様々な人々を殺している。中には重罪を犯していたが二十歳前後の青年もおり、実の兄を斬殺したことと趣味趣向に分類される実験を繰り返したことから死刑のためにこの部屋に入れられた。
恍惚とした表情で笑いながら人を殺められる極悪非道の男だ。研究者たちは彼の一挙一動に注意をしていた。
そんな研究者たちとは裏腹に壮太は陽気だ。
「やっと見つけました。それ、パソコンですよね?」
「え?」
研究者たちの背後にある大スクリーンを指差して壮太が尋ねる。
「よかったです。これでやっと編集ができます」
壮太は研究者たちを押し退けて画面の前に座りネットに接続を始めた。
お気に入りの編集ソフトをインストールし、私用のオンラインストレージにアクセスする。
と、そこで壮太の手が止まった。
「……ない」
そこにはこれまで貯めていた音源が全て消えていた。
「……どこですか?」
壮太は振り返り尋ねる。
壮太を捕らえた警官隊たちは、彼の部屋を物色し、オンラインデータも全て押収した。押収されたデータは警官隊本部の倉庫にあるのだが……それを伝えられる人物はその部屋にいなかった。
壮太に睨み付けられた研究者たちは指一本動かせない。
「……仕方ないですね。あなた達の音源で我慢しましょう」
そう言って壮太はインストールしたばかりの音楽ソフトを起動させて席を立った。
手にはどこで手に入れたのかナイフを持っている。
「ま、まってくれ!!」
男はそれからまともな言葉を話せることは無かった。
悲鳴。怒号。懇願の声。骨が外れ、砕ける音。跳ねる水。
「……ご、ごろ、じべ」
「いいですよ」
壮太は二人分にしては十分に集まったデータを見て頷く。
最後に録音されたのはサクっと、肉を切る音だった。
「あっれー?ソータしかいないの?」
「……うるさい」
髪をマダラに染めたブラッドが呑気に声をかける横で、龍は扉が開く前から洩れ聞こえていた爆音に耳を塞いだ。
画面の前に座る壮太は振り向きもしない。
それが気に障った壮太は持っていた物をわざと画面に投げつけた。
「ん?あぁー申し訳ありません。高性能なスピーカーのため聞き入っていました」
邪魔をしたブラッドを怒ることなく、壮太は上機嫌だ。
音楽を止めて振り返った壮太の前には、自分と同じように血だらけのブラッドと龍がいる。
もうこの施設にはこの三人しかいない。
「血は見れましたか?」
「おう!サイコウ!しばらくエがかけそうだぜ!」
ブラッドは全身を上塗りした赤を見て無邪気に笑った。手はさっき画面に投げた首の血がべったりと付いている。
「龍さんはどうされますか?」
「……?とくに何もしない」
対する龍は少しだけ血が付いているだけでほぼ肌色だ。彼は追われて逃げてきただけだった。追われないし食糧(主に肉)もあるここから移動する理由などない。
壮太は今日集めた音源の編集と視聴で満足だ。
「まぁ、それじゃあ各々好きに過ごしましょう。この部屋は僕がもらいますけど」
「じゃあオレはマッカなロウカとヘヤぜんぶ!」
「好きに……か」
こうして被験体だった三人はこの施設に留まり、生活を共にすることになる。
度々政府から攻められるも……この変人らに敵う者はいない。
三人にとって平和な……世界にとって恐怖の日々の始まりであった。
end
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