生生流転

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生生流転

あの日、私は彼に見抜かれた。 目を見ただけで見透かされた。 これまで誰にも見抜けたかったはずの、心の(ほつ)れを、暗く淀む胸の内を。 この仕事を選んだのは自由があるからだ。 ずっと机に向かう訳でもない、オフィスに縛られることもない。 スタンスは自分で決められるし、関わる人間も選べる。 仕事に費やす時間さえも。 依織(いおり)は携帯電話を片手に駅前へと向かう。 二駅で都内と言う場所にあり、急行も停まる為に交通の便はよく駅前は常に人が流れている。 ぶつかりそうな人の肩を無意識に避けながら、着信を知らせる携帯の画面に目を落とそうとした時だった。 向かう先の駅構内へ続く階段前で人々が騒ついた。皆、一様に上を見上げている。 悲鳴が上がり、顔を上げようとした瞬間に、何かが右腕にぶつかった。 そして風圧と共に、鈍く重たい音が潰れた。 一歩足を引いた拍子にバランスを崩し、依織(いおり)はアスファルトに尻餅をつく。 携帯電話が手から離れ、地面にぶつかる音を聞く。 無機質で硬く響く音。 先程耳にした鈍音とは違う。 その違和感に、囚われながら携帯を探し地面に視線を這わせると、それ(・・)があった。 無雑作に人の関節を無視して曲がる腕と首。 まるで果物のように割れた頭部と、広がる血溜まり。 周囲が金切り声や悲鳴で騒然となり、それを囲む様に人集りが生まれていた。 そして気づく、自分はその人集りより内側にいる。  ……………………あ、そっか  この人がさっき腕にぶつかったんだ。 ぼんやりそう思っていると、制服姿の交番の警官が人集りを掻き分けてきた。 下がって下がって、と人集りの輪が押し広げられ、規制線が引かれる。 「大丈夫ですか?」 肩に手を置かれ、目を遣ると防刃ベストが視界に広がった。 警官に声をかけられたのだと気づいて、咄嗟に視線を戻す。 アスファルトに癒着したように横たわるその人にブルーシートが被せられるところだった。  警官、だったの? 纏っていた衣服は警官の制服だった。 帽子も落ちていた気もする。 「立てますか?」 静かで落ち着いた声に、依織(いおり)は頷く。 「平気です」 「…………確かに」 手を借りて立ち上がると、頭の上でボソリと呟く声を聞いた。  確かに?  普通言うかな、確かに、なんて………… 違和感と好奇心に、依織(いおり)は顔を上げ、その警官を見た。 鋭いかと言うとそうではない。 だけれど、揺るぎなく突き刺してくるような眼差しは、その目から全てを探ろうとするような貪欲さがあった。
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