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〈4 予想外の…〉
それから近江教授の独演会と、それを題材にした話し合いが行われ、どれくらいの時間が経ったのか。気づけば雪見障子からのぞく外の風景が様変わりしていた。
「ずいぶん降ってきましたね。ちょっと休憩しませんか。おい、猛。茶を淹れ直せ」
国領和尚の言葉で僕たちは休憩タイムに入った。猛が席を立ち、弦もそれに続く。どうやら手洗いに立ったらしい。 そしてしばらくすると、猛が目を丸くして戻ってきた。手にはスマホが握られている。
「すごい雪で……。下の電車が停まったみたいですよ」
その言葉に全員が驚く。
猛はスマホに電車の運行情報の通知が届くように設定しているようだ。僕も驚いて、バッグからアイフォンを取り出して運行情報を検索すると、都内の路線には軒並み注意を示す「!」マークが表示されており、運転の見合わせか、動いていたとしても大幅な間引き運転をしていた。もちろん、この山深い土地を走るO線も「積雪のため運転を見合わせております」と赤字で記載されていた。
まじか。
それを横からのぞき込んできた加奈子さんが困ったような顔を見せる。
「あらら……」
僕が加奈子さんに見やすいようにアイフォンを掲げる。加奈子さんはそれを受け取って、師匠と恩師を振り返る。
「どうします? 結論が出てないけど、日を改めます?」
すると近江教授も頷いた。
「そうだな。何はともあれすぐに動かないと帰れそうにもないな」
その言葉に師匠も頷いた。
あたりは急速に解散の雰囲気が濃くなる。しかし、それに猛が水を差した。
「いや、もう遅いかもしれません。今駅に連絡を取りましたが、電車の復旧の見通しは立っていないそうです」
えええ。
僕は言い過ぎでもなく身体から血の気が引いた。こんな山奥の寺に取り残されてどうしろというのだ。いや、人は住んでいるのだが。そう思って僕は思わず師匠を見たが、彼も困ったような表情を浮かべていた。
「ここは山の中腹ですし、これから下山するにも危険です。一晩くらい泊まっていってください。家内に先立たれ、男二人なのでなんのおもてなしもできませんがね」
いや、それは……と師匠が恐縮すると、国領和尚は首を横に振った。
「車を捕まえれば帰れるかもしれませんが、危険ですし。どうせ電車も停まったんでしょ。明日になれば復旧すると思いますしね」
師匠は僕と加奈子さんに都合を目で問うた。僕はもともと一人暮らしだし、特に何の予定も約束もあるわけでもないので問題はない。ただ、何の準備もなしに他人の家に泊まるのが気が進まないだけだ。僕はこういう不測の事態に弱い。
加奈子さんも渋々といった様子で頷いた。
僕は通路の窓から外の景色を眺める。先ほど降っていた大きな牡丹雪によって、辺りの風景は真っ白に変わっていた。
「おい、お前はどうする」
猛がトイレから戻ってきた弦を捕まえた。
「オレもいい?」
弦の自宅兼店舗はこの山の麓にあるという。すると、猛が意地の悪そうな表情を浮かべた。
「段ボールを貸してやるよ。それで滑っていけば下まで降りられるんじゃね?」
「ソリみたいにしてってこと?」
弦の問い掛けに、猛はニヤつきながら頷く。
「そうそう」
「いや、それ怪我するだけだろ」
「じゃ、泊まってけよ。仕方ねえな」
「相変わらず申し訳ないねえ」
「……って言う割にはなあ。もう少し申し訳なさそうな顔をしてみたらどうなんだ」
「もぉこれが限界。基本的にオレは遠慮がないから」
「言ってろ」
猛が弦の頭部を軽くはたいた。
このふたりの会話はオチが決まったコントにしか見えない。
僕はふたりがじゃれ合う姿をぼんやりと眺めていて、ふと我に返る。
彼らの関係性は、おそらく中学校時代からずっと変わらないものなのだろう。少年時代から、今を経て、そしてこの先も。
幼少期から中学校卒業まで、いじめられっ子で存在感のなかった僕は、そんな友達はいない。高校もそうだ。いてもいなくても良かった。それでもいいって思っていたのだから、問題はないのだ。
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