めまぐるしい退屈

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めまぐるしい退屈

「暇過ぎない?」  男子高生が液体のように机に突っ伏しながらそう呟いた。 「な」  友達の男子高生がそれに短く同調する。 「暇過ぎて辛いってあるんだな」 「な。息できない部屋入れられた感あるよな」 「え?どうゆうこと?」 「何でもない」  不思議な沈黙が生まれた。友達のよく分からない例えを追究したいという嗜虐心が男子高生に生まれたが、鉄格子の向こうの相手はムスッとした表情を浮かべている。 「何でもないなら、いいけど」  仕方なく、看守はそう言って許してやった。独房の窓から差し込む、鉄格子の影の模様が入った月の光が囚人の寂しそうな顔を照らす。この時間なら他の囚人も、看守長も寝ていることだろう。もう少しだけ話を聞いてやるのも悪くないかも知れない。 「あれだな、バイトとかするか」  不意に、囚人が口を開いた。 「バイト?」 「うん」 「たるくね?」 「たるいけどさ」  囚人の発した新たな話題は、看守の興味を余りそそらなかったが、話し足らなそうな囚人の様子を見て看守は質問してやることにした。 「やりたいのあんの?」 「ん?」 「やりたい仕事内容」 「ないけど」  看守は寝たきりの相手の言葉にずっこけたい気持ちがしたが、それを漏らすことはしなかった。身寄りも居ない、汗が染み込んだベッドの上でただ死を待つだけの老人の手を摩りながら続けた。 「買いたいものとかは?」 「ないよ」 「ないんじゃん」  ヘルパーはいよいよ内心で白旗を振った。この話題に伸び代はない。正座する脚に痺れを感じながらも仕方なく、交際相手を嫁に貰う許しをもらう為に会いに来た彼女の父親に別の話を振った。 「じゃあユーチューバ―とかやる?」  彼女の父親は渋茶を啜った後、 「2人で?」  と眉間に皺を寄せながら言った。それでも彼氏は冷たくなって来たつま先の痛みに耐えながら続けた。 「別に他のやついれてもいいけど、田淵とか」 「いや、いいよ、めんどいよ」  健闘空しく、モニターの向こうの子供はまた話を終わらせてしまった。船内で手を放してしまったマイクと共に空に浮いたユーチューバ―の話題を、宇宙飛行士はただ同じように漂いながら眺めていた。しかし気を取り直して、マイクを持ち直し地球にいる一般公募して来た子供に、 「お前ないの?やりたいこと」  とこちらから話を振った。 「じゃあ投資」  少し考えた後、忙しなく籠の中を飛び回りながら文鳥はそう答えた。 「投資?」  不意なアイディアに飼い主はすっとんきょうな声で繰り返した。思わず餌をやる手が止まる。 「やり方とか知ってんの?」  文鳥は少し考えて、 「それは勉強するわ」  と小さな足を片方空中で遊ばせながら鳴いた。文鳥の予想通りの認識の甘さに、群れのボスゴリラは辟易した。 「っていうか未成年でもいけんのあれ?そうゆうも分かんないの?」  苛立ちから、ボスゴリラの追及も厳しくなる。 「未成年でもいけんのかな」  強大なマンゴーの木の答えは要領を得なかった。そのせいでボスゴリラは貧乏ゆすりを起こした。しかし膝がないパーキングエリアの感情表現は保有する自動車たちを振動で揺らすだけに留まった。 「調べてよ」  チカチカと明かりを点けたり消したりしながらパーキングエリアが言うと、 「いいよ。自分で調べろよ」  と入道雲は投げやりな態度を取った。 「お前がやるんだろ?」  肝臓が苛立ちつつ言ったが、 「やんないよ。もういいよ」  とインフルエンザウイルスは勝手にふてくされている。 「あ~!」  花火はそう声を上げながら打ち上がった。歴史の修復力は驚いた。 「怖いよ、何だよ」 「暇~!」  句読点の叫びは、図書館中にこだました。 「うるせえな」  原価がなだめると、日本国憲法は多少落ち着いた。そして日本国憲法はぼんやりとした口調で言った。 「教室にテロリスト攻めて来ないかな」  唐突なアイディアに、フリートークは噴き出した。 「あるけど。妄想の中だったら自分だけやたら強ええやつな」 「実際起こったら絶対直ぐ死ぬけどな」  世界観が自虐すると、 「まあモブだな」  そうヌルヌルは同調した。 「世知辛いですねえ」 「ねえ」  急に奥様のような口調になったシャリシャリに、ゴリゴリはまた言葉尻を合わせた。 「モブか・・・」 プルプルの一言で、カサカサは溜息をついた。申し訳なく思ったミニュミニュは、 「でもそういう妄想って無駄に細かくシミュレーションしない?」  と声色を明るくしてチョネチョネに言った。 「分かる。あの労力ほど無駄なものないと思うよ」  キポゥヤキポゥヤは心からの共感を表した。    会話はそこで終わり、高校生たちは教室で二人揃って溜息をついた。二人は相変わらず退屈だった。
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