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ふと、彼女の言葉が耳に触れた。
冬の空に一筋のひこうき雲。
「え、なんて?」
「ううん。何でもない」
どこまで飛んでゆくのかと、空っぽな頭で眺めてる僕を、笑ってるのかな。
見えてなくても、どんな表情なのかは、声で想像出来た。
きっとあの、
澄み切った青空に、白く、
薄らと浮かぶ月のような、
優しい笑顔なのだろう。
穏やかな昼休み。
微かに聴こえるピアノ。
誰かの笑い声。
あの言葉も全て、
空へ溶け込んでゆく。
一番近いと感じられる屋上の、その金網越しに映る僕たちの世界。
それは、
当たり前にあって、
毎日同じ様に、続くのだと思っていた。
あの時。
彼女はなんて言ったのだろう。
やっぱり、
ちゃんと聞き出しておけば良かったなと、
今更、想う。
そうしたら、
もしかしたら、
僕らの世界線は、
変わっていたのかな……
… … …
「じゃあ、次の方。坂島… 天斗さん」
「はい。御社での企画開発に携わりたいと、考えています。ユーザーのニーズや、問題を解決しながら、笑顔になってもらうことに喜びを感じてみたいと、思っています。ユーザーの要望する製品。それを開発し、かつ運営も手掛けている御社は、私にとって最良の職場だと感じています」
ボールペンで耳の後ろを掻きながら、資料に目を落としたまま面接官は溜息つきながら、
「わかりました」
この微妙な居た堪れない空気が嫌いだ。
両膝の上に置いた手に、じわりと一層手汗が滲む。
「ねえ、坂島さん」
初めて面接官が、正面きって目を合わせてきた気がする。
面接官と言ってもまだそれ程歳はいってなさそうな端整な顔立ち。ITのベンチャー企業らしいノータイで青いシャツにジーンズと、ラフな格好。僕よりむしろ若々しく、真っ直ぐ見据える眼差しは、鋭くもあり、何故だか少年のような生き生きとした輝きが宿っている。
心の内を見透かされているようだ。
「貴方の本当の言葉が聞きたいんだけどね……それが本心だと言うんなら、別だけど……」
彼の言葉が、僕の胸に重く突き刺さった。
正直、自分でも『らしく』ない事を言ってる。
マニュアル通りのテンプレートな志望動機並べても、面接官だって伊達に年食ってる訳じゃなし。覇気の無い僕の顔見て、すすけてんのお見通しなんだろうな。
かと言って、『生きてくために仕方なく』なんて言ったところで身も蓋もなく……
(落ちたな…)
と、直感した。
大体この手の説教混じりの文言が入る時は、決まって不採用通知を拝んできた。
つい、うつむき加減に「はぁ」と、曖昧な返答をしてしまった。
「ところで、この趣味の項目なんだけどね……」
(?……)
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